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ルィスフガーデン

鏡よ鏡。もう少し手加減しておくれ。自分の美しさで目が眩んでまともに鏡も見られない。

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第8話 わたし、魔法少女になります

 私はお父さんとお兄ちゃんが大嫌いだった。

 お母さんが死ぬまでは、普通に仲の良い家族だった。
 なのにそれが、お母さんが事故で死んでから跡形もなく壊れてしまった。そういうふうに感じた。

 当時はとても悲しくて、家族全員が、ひとり欠けたことの喪失感に苦しんでいたと思う。
 でも、生き残った私たちは生活を続けていかなくてはならない。そんな当たり前のこともちゃんと分かっていたつもりでも、朝遅く夜遅い仕事で家族とまともに関わらないお父さんも、女遊びに明け暮れるお兄ちゃんも、全部ぜんぶ嫌だった。まるでお母さんが忘れられていくみたいで。
 その上、生活の上でお母さんが欠けた穴を誰かが埋めなくてはならないという、これまた当たり前の問題が私の前に立ち塞がった。
 家事の一切を、私ひとりに押しつけられたのだ。
 お父さんもお兄ちゃんも、もういい歳の大人だ。ご飯くらい自分でなんとかならないのか。そう問うても、外食は意外と高価だということをこの時初めて知った。一食いくらだとしてそれを一ヶ月分、計算した私もさすがに顔が青くなった。
 洗濯、掃除、それから炊事。学業の上に慣れない仕事が重なって、私はたいして経たずにふらふらになってしまった。
 お母さんが死んだのは悲しかったけど、もうそんなことが考えられなくなるくらい私の心は疲弊して荒んでいった。
 だからろくに顔も合わせられない、なんの為の家族なのか分からないお父さんのことも嫌いになったし、どこかのいやらしい女を部屋に連れ込んでそういうことをしているお兄ちゃんも穢らわしくなって顔も見たくなくなった。
 そんな嫌な家族の為の家事など、まともになんてやってられない。
 洗濯は当然私のものと、それ以外とを分けてやったし、掃除は端まで行き渡らなくなったし、ご飯もだんだん適当になっていった。
 お父さんもお兄ちゃんもたびたび文句を言ったけど、私だって疲れてるし嫌だから、だからその度に喧嘩になった。
 お父さんは途中で引いてくれるけど、お兄ちゃんとの仲はどんどん悪くなってくばかりだった。

 そして学校に行けば、親に甘えて好き放題しているクラスメートや他の生徒を嫌でも見なければならない。
 そんな学校にいるのも嫌だった。
 お母さんが死ぬまでは、テニス部に入っていた。玉拾いと初歩の素振りだけだったけど、憧れの存在の近くにいたくて始めたことだったから苦にならなかった。
 当時から久那織中テニス部のエースと目される輝かしい活躍をしていた志摩 レイカ先輩と、それに並ぶ実力を持つクラスメートの「綾名」 みおみさんのハイレベルなラリーの応酬は心躍らされるものがあり、二人とも私の憧れだった。いつか、ああなりたいと願って部活動を頑張っていたのに。
 私はテニスの練習すらできなくなってしまったのだ。
 だから家のことで辞めざるを得なかったテニス部の活動は、見たくても見れない、羨望と嫉妬の象徴となってしまった。
 羨ましかった。妬ましかった。
 特に同じクラスの綾名 みおみさんの存在は、近しいが故に急速に疎ましく感じるようになった。
 金持ちの家の娘で何不自由ない暢気な生活を送っているだろうと思うと憎しみすら涌いてきた。
 なんでもそつなくこなしてしまう見境のない高い能力を持ちながらそのことを自分で自覚しておらず、そのくせおっとりした腑抜けた顔で相対する者の心の垣根を溶け崩してしまう不思議な魅力まで兼ね備えていた。
「きりえちゃん! おはようございます!」
「きりえちゃん! 一緒にお弁当食べましょう!」
「きりえちゃん! 途中まで一緒に帰りましょう!」
「きりえちゃん!」「きりえちゃん!」「きりえちゃん!」
 屈託無く話しかけてくる綾名 みおみさんを、それなのに私もなぜか振り払うことができなかった。
 どんなにつっけんどんに文句を言っても、なぜかいつの間にか彼女のペースに墜ちているのだ。
 私の不満と怒りも知らないで……

 不公平だ。
 どうしてこいつはこんなに無条件で幸せを甘受しているのに、私だけ煤けたおばさんみたいな生活で苦しまなければならないのか。
 激しい怒りと憎しみで、もう何も訳が分からなくなってきた。
 その時だ。
 ある日私は魔女の結界に巻き込まれた。
 今にして思えば、その荒んだ心の隙を突かれたのだろう。
 そしてそこに颯爽と貴族の猟師めいた格好の魔法少女・巴 マミさんと、あの白い生き物が現れたのだ。

『やあ。驚かないで聞いて欲しい。 ボクの名前は、キュゥべえ! そして、彼女はあの魔女を狩る者、「魔法少女」さ』

 キュゥべえは、実に可愛らしい様子で跳ねるように小首を傾げて自己紹介した。

『ボクは君にお願いがあるんだ。君には素質がある。 だから、ボクと契約して、魔法少女になってよ!』

 それはまるで小さい頃観ていたテレビアニメの魔法少女そのものだった。
 不思議なマスコットとの出会いから、少女の世界は一変するのだ。
 輝かしい希望の光を振りまく魔法少女に変身して。

『ボクは、君の願いをなんでもひとつ、叶えてあげる! その代わりに、魔法少女になって欲しいんだ!』

 素晴らしい。私は選ばれたんだ。
 その時は、不幸な暮らしに差し込まれた一筋の光明に見えた。
 戦闘のあと、マミさんから魔法少女のなんたるかの説明を受けたが、もう私の心は決まっていた。
 願いを叶えてもらって幸せになって、挙げ句「悪者の魔女」をやっつける魔法少女になれるだなんて、最高じゃないか。命懸けも望む所だった。
 だから私は、幸せになる為に行動を起こした。
 後日、綾名 みおみさんを放課後に呼び出して、ふたりきりになったところでキュゥべえに願いを伝えた。

「私と、この女の立場を入れ替えて! 「綾名 みおみ」を「由貴 みおみ」に、「由貴 きりえ」を「綾名 きりえ」にするの! 私は、幸せになりたい!」
『……君の祈りは、エントロピーを凌駕した』

 そして私は魔法少女「綾名 きりえ」になった。
 運命を塗り変えられた「綾名 みおみ」・今や「由貴 みおみ」はここに来た理由を忘れ、前後の脈絡に若干小首を傾げながらも「由貴家」へと帰っていった。
 こうして私は金持ちの娘の立場を得たのに。

「お嬢様。お琴の先生がお見えです」
「お嬢様。茶道のお教室のお時間です」
「お嬢様。華道の先生がお見えです」
 私は愕然とした。
 「綾名 みおみ」の生活は、あの茫洋とした普段の姿からは想像もつかないほど過密なスケジュールを組まれていた。
 当然、いきなりやれと言われて素人の私にまともにできる訳がない。
 ことごとく習い事を失敗してはそれぞれの教師に理不尽に怒られた。
 自分(みおみ)の部屋に入れば、嫌味なほど大量のトロフィーや楯、賞状が飾られている。
 全て書かれている名前が「綾名 みおみ」となっていて一瞬肝を冷やしたが、なぜか誰もかれもがそれらを「私のものだ」と認識していた。誰一人、文字の違いに気付かない。
 だけど、冗談じゃない。
 こんなものの為に、これからもこんな苦労をしなきゃいけないだなんて!?
 これじゃ、なんの為にあの暗い「由貴家」から出てきたんだか分かりやしない!

「でやああああああ!」
 鬱憤を晴らすように使い魔を、魔女をやっつけていった。
 「綾名」の家を勝手に抜け出しては、訓練期間としてマミさんと一緒に魔女をやっつけている時だけは「家」のことを少しだけ忘れられた。
 「立場を入れ替える」という願いで発現した私の固有魔法の「二者空間転移」は使いようによってはとても有効な魔法だった。
 効果的な使い方を指摘してくれたマミさんにはいくら感謝してもし足りない。
 やがてマミさんの元から一人立ちして久那織市内の魔女を探索しているうちに、魔法少女のレイカさんと出会い、そして協力するようになった。
 憧れの先輩と行動を共にできることは大きな喜びだったが、それは同時に苦い思いを自ら抉ることでもあった。
 なぜなら。レイカさんは私のことを「テニスのライバル」としても見ているのだから。
 本来その立場であった「綾名 みおみ」さんの存在を、自分で入れ替えてしまったからだ。
 お稽古事と同じ、応えようがない期待の眼差しにさらされても私にはどうしようもなかった。
 魔法少女としてはともかく、部活では隔絶した実力差に挙げ句見放される始末。
 それでも私は「由貴家」に戻りたくなくて、だから「綾名 みおみ」さんにそれを押しつけたくて、頑なに「綾名 みおみ」さんを「由貴さん」と名字で呼び続けていた。自分から「由貴」の字を遠ざけたくて。
 せめてこのまま「綾名 みおみ」さんに全てを押しつけていれば、「綾名家」では成績の不調とお稽古の不手際への小言さえ聞き流して逃げていれば、生活だけは安泰でいられる、そんなことを考えていた。

 でも。
 知ってしまった魔法少女の真実。
 こんなゾンビみたいな身体にされて、「やらなきゃいけないこと」に囲まれたこの「綾名家」で誤魔化しを続けて、そして何にもならない魔女退治を繰り返すだけの人生なんて、もう耐えられなくなった。
 ここにも私の幸せはなかったんだ。
 奇跡の力を使って、「綾名 みおみ」さんの人生を捻じ曲げてまで手に入れた立場も、結局私を幸せにはしてくれなかった。
 もう、やめたいんだ。


「……だから、もう、いやなの……」
 嗚咽混じりに告白するきりえの前に一緒に座り込んで、みおみは黙って話を聞いていた。
 曲がり角の向こうでは数台の救急車が並び、この倉庫の中の、芽衣に怪我をさせられた少年たちが次々と救護士に処置され担架に乗せられては代わる代わる搬送されていた。
 みおみが手配したものだが、きりえの話を聞く為に、自分たちは倉庫の陰に移動したのだった。
「うーん」
 言うべきことを言い切ったらしききりえは、座り込んだまま涙を流し、しゃくりあげている。
 だがみおみには、きりえの話がいまいちピンと来なかった。
 きりえの話が全て本当だとして、なにしろみおみ自身は「由貴 みおみ」として生来から「由貴家」で暮らしてきたと認識している。母が亡くなった時の悲しみは、今でも鮮明に思い出せる。
 それに、きりえの中の「由貴家」像とみおみが感じる家族の関係もまるで異なっているのも奇妙だった。
 みおみは「綾名家」のお嬢様の暮らしがどういうものかは知らないが、きりえがここまで嫌がるとは、そうとう大変なのだろう。
 だとして。
「……ねえ、きりえちゃん。 もし今のお話が全部本当だとして、それで、もしわたしがキュゥべえさんと契約して、入れ替わりを元に戻すお願いをしたとしたら、きりえちゃんは嬉しいですか?」
 小首を傾げて問いかけるも、きりえは涙を流したまま目を逸らしてうつむいている。
「……今の、そっちの家は、幸せなんでしょ……?」
 きりえが、目を逸らしたまま途切れ途切れに訊ねた。
 きりえによれば、元々は母の死を境に家族の絆がバラバラになったと言うが、みおみには特に家族間で問題が起きた記憶がない。
 確かに、今の「由貴家」なら、もしもきりえがみおみと替わって入ってもなんら問題はないと思うが。
「でもきっと、きりえちゃんが変わらないと、きっとどこに行っても辛くなると思うんですよ」
「……だって!? あんたはいま幸せなんでしょ!? うまくいってるんでしょ!? だったら私も……!? 」
「ええと、最初は幸せそうな人の人生を取り替えたんですよね?きりえちゃんは。 でも、やってみたら幸せじゃなくて嫌になっちゃったんですよね?」
 これがみおみでなかったら、痛烈な皮肉の言葉になっていたであろう。
 きりえは、みおみの言わんとするところを素直に察したのだろう。みおみを見つめる目を大きく見開いた。
「ね? また入れ替えても、違うお家の生活に苦しんで、また辛くなっちゃいますよ? それでも、きりえちゃんの言う「本当のお家」に戻りたいですか?」
「…………」
 きりえは、再びうつむいて逡巡する様子を見せた。
 きりえの沈黙は長かった。
 黙考している様子を見て、みおみはただきりえが応えるのをおとなしく待っていた。
 顔をわずかに上げかけてはうつむくことを繰り返し、やがておずおずといった様子でみおみの方を見た。
「……あ、あのね。……あの、」
「はい?」
 みおみは、あくまでも優しく促す。
「契約した当事者である私の記憶は、人生を入れ替える前の記憶のままなの。だから、今のお父さんとお母さんは、私の本当の親じゃなくて」
 言いづらそうに言葉を紡ぐきりえを、みおみはただ見つめていた。
「おじさんもおばさんも仕事で忙しくて滅多に会えないし、由貴さ……あんたのしゃべり方がなぜか「です・ます」言葉だったから、私が少しくらい他人行儀でも、別になんとかなってたの」
「うん」
「……でも、やっぱり私の親じゃないから、本当の家族じゃないから、あそこにいるのは、そういう意味でも、辛いの」
「うん」
「……でも、元の家に戻っても、お父さんもお兄ちゃんも嫌いで。 でも、お母さんが死んじゃうまでは、本当に仲が良くて、また仲の良い頃みたいになれたらいいなって、思ってた」
「うん」
「……いまのあんたがいるあの家は、幸せなんでしょ? なんで?どうしてなの?」
「うーん」
 みおみは小首を傾げた。
「お父さんは、家族の生活を守るために、お仕事を頑張ってるじゃないですか。たとえ顔を合わせられなくっても、家族を守りたいっていう強い想いがないと、できないことだと思うんですよ。 家族のことが嫌いだったら、あんな時間が遅くなる大変なお仕事って、できないと思うんですよね」
 きりえが、はっと弾かれたように顔を上げた。
「ですから、わたしもお父さんのことをお弁当の用意とかで助けてあげなきゃって思いますし、着ていく服も、洗っておいてあげたいなって思います。 お兄さんも、無口でぶっきらぼうですけど、言えばちゃんと手伝ってくれますよ? ただ、お料理とか細かいことが不向きですから、お願いするとしたらそういうの以外のできそうなことでお願いすると、きちんとお手伝いしてくれますよ?」
「……え……?」

 きりえは、みおみの話に愕然としていた。
 本来の家族でないにも関わらず、みおみの家族に対する指摘は的確だった。
 ふと、自分がいた時のことを思い返してみる。
 なにかと父や兄と衝突する時は、互いに無茶振りを繰り出した時だった気がする。
 だが、みおみの言うように注意して見れば、ほんの少し役割を整理すれば、それは充分普通に家を回すことが可能なのではないか。
「……知らなかった。私。お父さんのことも、お兄ちゃんのことも。 ただ、自分勝手な嫌な男だなって、思ってた……」
「たぶん、ちょっとした見方の違いだと思うんですよ」
「……う……」
 きりえの目に、再び涙が溢れてきた。
 なんてことだろう。こんな、ほんの少し考え方を変えただけで、あんなに嫌だった家にこんなにも郷愁を感じるだなんて。
 自分の勘違いで、大切な家族を壊してしまった。
 しかももう、そこに戻ることはできないのだ。
 そのことを真摯に語って気付かせてくれたみおみにも、自分の為に契約して犠牲になってくれだなんて、もう言えない。
 全て自分の責任で、これからこうして自分のしでかした人生を歩んでいかねばならないのだ。
 でも、もしかしたら、なんとかなるかもしれない。
 お稽古事だって、やればやっただけ経験値になるだろう。みおみのように、「綾名家」の両親のこともいずれ理解できるようになるかもしれない。なにしろ、このみおみの親なのだから。
「ところできりえちゃん。さっきの質問ですけど」
「え?」
 黙考の最中に問いかけられ、きりえは怪訝に見上げた。
「もしわたしがキュゥべえさんと契約して、入れ替わりを元に戻すお願いをしたとしたら、きりえちゃんは嬉しいですか?」
「ええ!? 」
 きりえは仰天した。
 たった今きりえを諭した張本人が、なぜ未だにそんなことを言い出すのか。
「……な、なんで、そんな……!? 」
「だって、きりえちゃんは、本当は本当のお家に戻りたいんですよね?」
「そ、それは……!? 」
 その通りだ。だがそれは愚かな自分への罰で、これからは責任を取らねばならない、そう考えていたのに。
 なのに、そんな事を言われては……!?
「嫌だと思っていたお父さんとお兄さんのこと、誤解が解けたなら、今ならお家に戻っても、ちゃんとやっていけるんじゃないですか?」
「う……!? 」
 胸の内に押し殺した後悔が、再び頭をもたげてくる。
 でも、今の自分にそんな資格などありはしない。
 だが、逡巡するということは、みおみの言うことを認めたということでもある。
 変なところで聡いみおみはきりえの心中を察したのだろう。朗らかな笑顔でその先を告げた。
「それならわたし、契約してもいいですよ?」
「……え?」

 あまりにもあっさりと「契約」を口にしたみおみを、きりえは唖然と見上げた。
「……どうして……?」
 きりえは呆然と問い返した。
 不思議で仕方なかった。みおみの言うことは、いつでも不思議で仕方なかった。
「どうして、そんな簡単に背負い込めるの!? あんたが元の家に戻ったって、あんなたくさんの習い事があったら、大変になっちゃうよ!? あんたは、嫌じゃないの!? 」
「さあ? でも、そんなお嬢様みたいな生活も、それはそれで楽しそうですけどね?」
 言って朗らかに微笑むみおみの笑顔を、きりえは呆然と見つめた。
 きりえは、なんとなく直感した。みおみと自分の違いを。
 嫌なところに注目するのではなく、良いところを見出すその着眼点。
 かつて、テニス部で玉拾いをしながら羨望の眼差しで見つめていたみおみは、まさしく憧れるに足る人物だった。
 でも。
「でも、契約なんかしたら、魔法少女になんかなったら、魂を取り出されて、ゾンビみたいになっちゃうんだよ!? そんなのさせられないよ!? 」
 みおみも聞いていたはずだ、芽衣が語った残酷な真実を。
 それを知った上でこんな身体に進んでなりたいだなんて、普通の神経ではない。
 ところが、そのみおみはきりえの頬に手を伸ばしてきた。涙をそっと拭う。
「こんなに、苦しんで、悲しんで、胸を痛めて。ちゃんと感情が残ってるじゃないですか。少し魂の形が変わるだけで、わたしは別に、そんなに悪いこととは思いませんよ?」
「でも!? 」
「大丈夫です」
 なおも言い募るきりえを、みおみは珍しく強気の笑顔で見返した。
「困ってるお友達を、わたしは助けてあげたいんです。 ……キュゥべえさん?」
 みおみは立ち上がって振り返り、どこへともなく呼びかけた。
『なんだい?みおみ』
 呼びかけに、キュゥべえが悪びれもせずに物陰からとことこと現れた。
「わたし、魔法少女になります。わたしのお願いを叶えてください」
「え? ちょ、あんた……?」
 慌てて立ち上がったきりえは、みおみの肩に掴みかかった。
「自分がなに言ってるか分かってんの!? 魔法少女になっても、良いことなんてなにもぐ!? 」
 ひょいと口を塞がれたきりえは、じたばたともがいた。 なぜか自分と大差ない細腕が振り解けない。
 そう言えば、みおみはかつてはトップクラスのテニス選手で、数々の習い事をこなしてきた人間だ。その腕力は、思いの外強靱だった。
 そうこうしている内に、自覚なく強い握力を発揮しながらみおみの交渉は進んでゆく。
「きりえちゃんのした契約内容を、元に戻してください! きりえちゃんとわたしの立場を、元に戻してください。二人が元の生活に戻ることが、わたしの祈りです!」
「むぉむぃっ!? 」
 きりえが塞がれた口で叫ぶが、もう遅かった。
『……みおみ!? ……その祈りは……!? 』
「さ。ちゃんと叶えてくださいね? キュゥべえさん?」
 夕日も没し、紫紺の空と影に包まれた路地裏に、突如白色の輝きの奔流が走り、きりえを抱きしめるみおみの身体を取り巻いた。
 空気の流れとは異なる圧力が吹き荒れる。きりえは、目を開けていられない。
 やがてエネルギーの奔流に弾き出されてきりえはたたらを踏んで尻餅を付いた。
『……そうか! みおみ、君の持つ膨大な魔法少女の素質の正体は……!? 』
 キュゥべえがこの後に及んでまた何かよく分からないことを言っているようだったが、変化は止まらない。
 吹き荒れる全ての色を含むが故の純白の輝きに包まれたみおみは纏う光量を徐々に落とし、やがて変化は完了したようだった。
 ゆっくりときりえを振り向いたみおみの両手には、この薄闇の中で純白に輝くソウルジェムが載せられていた。
 みおみは相変わらずにこにこと微笑んでいる。
「ふふ。こんばんわ。「由貴 きりえ」さん」
「……あ……」
 かつての本来の名を呼ばれ、きりえは自身の記憶の中に、自身が契約してからの記憶を残しながらも今の自分がもう「綾名 きりえ」でないと認識していることに驚いた。
 両手を見下ろしても、ソウルジェムはどこにもない。
 きりえは、みおみの顔を見上げた。
「……こんばんわ。「綾名 みおみ」さん」
 冗談めかした「さん」付けに、顔を見合わせて笑い合う。
 つられて笑ったきりえの笑顔は、まだぎこちなかったけれど。
「……さて、キュゥべえさん。良いお取り引きでした。 それじゃあ、これでわたしたちは帰りますね」
 きりえを促して立ち上がったみおみはキュゥべえに会釈すると、そのままきりえの手を引いてこの倉庫街から立ち去っていった。
 途中でここがどこだか分からないと言い出したみおみに変わって、文句を言いながらきりえが誘導して、そしてやがて姿を消した。


 キュゥべえはその場に座ったまま、先ほどの契約を思い返していた。
『…………』
 思いがけないものに出会ったことで、キュゥべえは「困惑」という精神疾患に揺れていた。




◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

「もちろんわたくしの正義において死んでいただきますわ。」
「実際のところ、どうすんの?」

第9話 きちんとお話し合いすればいいんですよ

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

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テーマ:二次創作 - ジャンル:サブカル

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