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ルィスフガーデン

鏡よ鏡。もう少し手加減しておくれ。自分の美しさで目が眩んでまともに鏡も見られない。

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第10話 どうしてこんなことをするの?

 がこん、と重い音を立てて重厚な扉が開かれた。
 一同の前から赤絨毯が一直線に伸び、左右には等間隔で並べられたいかにも高級そうな調度品と装飾を施された柱、アーチを描く天井に咲いたガラスの花とでも言うべきステンドグラスが煌々と灯りを湛えるこの志摩家の別邸の巨大な正面玄関で。
 みおみと、隣で呆然とそれらを見上げるきりえを前に、レイカが優雅に髪をなびかせて振り向いた。
「今日からお二人には、わたくしと共にここで生活して頂きますわ!」

 なぜ、こんな事になったかと言えば。
「もちろん魔女も放ってはおけませんけれど、火急の危機として、御崎 芽衣がきりえさんを狙っているのを防がなければなりませんわ」
 故に、レイカとみおみ、魔法少女ふたりできりえを護衛しなくてはならない。昼に話した通りである。
 ただし、普通に夜になる度にそれぞれの家に帰っていてはきりえを守りきれない。
 しかし三人それぞれにも生活がある。
「そこでわたくしが思いついたのがコレですわ!」
 言って、テニス部の部室でレイカが一通の封書をみおみときりえの前に突き出した。
「「主体的な勉学の一環としての共同生活企画」……?」
 きりえが、怪訝な顔でその表面の文面を読み上げる。
「そう! 言うなれば、「子供たちだけで共同生活を体験して、生活力と、共同生活における協調性を育む」という自主学習……という体裁を取った、三人をひとまとめにする為の方便ですわ!」
「……え? あの、どこで……?」
「もちろんウチでですわ。この為に我が志摩家の敷地内にある別邸をひとつ、貸し切りました」
 おっとりと、みおみが頬に指先を当てた。
「つまり、そこで三人でしばらく一緒に生活しましょうと?」
「その通りですわ」
 みおみの解釈にレイカがうなずいた。
 ところが、きりえがおずおずと片手を挙げた。
「でもあの、うちは私がいないと、炊事とか洗濯とか掃除とか……」
 言い淀んだきりえの前に、レイカの細長い五指が開かれて話を遮った。
「もちろん心得ておりますわ。あなたのお家の事情は、失礼ながら調べさせて頂きました。きりえさんをお預かりする間、主催であるわたくしから、由貴家に衣・食・住居の環境整備に至るまで全てをカバーするハウスキーパーを派遣いたします。きりえさんのいない間の家事の心配は、一切なさらなくて結構!」
「え!? いやでもそんな」
「勘違いなさらないで。全ては御崎 芽衣への対策の為。敵の目標であるきりえさんには安全確保の御協力をして頂くのと引き替えに、わたくしが御自宅の生活を保障するのです。敢えて悪く言えば、「おびき出す餌になってもらう代わり」ですわね。 みおみさんのお宅は、必要ないでしょう?」
「そうですね」
 志摩家と同様に使用人を雇っている綾名家には、必要のないものだ。
 レイカは髪を横に払って強気にきりえを見下ろしてきた。
「次期頭首であるわたくしは、ウチの教育の一環で既に個人資産を所有してますの。これくらいの金額は些事ですから、気にすることはありませんわ! さ、必要なものはウチで用意させますから、お二人ともこれから着の身着のままでついてらして!」

 そしてテニス部部室から直接連れて来られたのがここである。
 それから志摩家別邸での生活が始まったのだが、寝室は各自に個室をあてがわれ、食事はすべて志摩家のシェフが用意し、掃除も各自の衣類の洗濯も、担当の使用人が預かり全てを片付けてしまう。
 正直、ここにいるだけでやることがない。
「……あのー。共同生活のお勉強では……?」
「お馬鹿。方便と言ったでしょう? 宿題以外は、なるべく手を空けておきたいの」
 きりえが恐縮するも、レイカには簡単にあしらわれた。
 みおみはと言えば、すっかり状況を受け容れてリビングのソファで潰れたお饅頭みたいな顔でくつろいでいる。
「いつ、何が起こるか分かりませんからね」
「……!」
 言われ、きりえも気を引き締め直した。
 そうだ。全ては芽衣への対策の為。芽衣に、これ以上悪いことをやめてもらう為に。
「この件に関しては明確な見通しが立てられないのが心苦しいのですけれど、ざっと二週間は続ける予定ですから、ご承知置き下さいね」


 そして志摩家での共同生活が始まって数日が経過した。
 三人がひとつの邸宅で寝起きし、共に登校し、そして共に下校する。
 時折、レイカが家の用事などで夜間に外出するが、きりえが一人になることは、ほぼ、ない。
 そしてこの間、芽衣は姿を現さなかった。
 とうとう担任教師が「御崎 芽衣は都合により休学した」との旨を朝礼で告げたが、それをきりえから聞いたレイカは「突然行方不明になられた、学校側の対外的な建前ですわ」と一蹴した。
 既に志摩家のコネで、学校に登録された御崎 芽衣の戸籍情報を取得したレイカが、古びた廃屋しかない住所の土地を確認している。
「いったいどうやって編入したんだか知りませんけれど、これで元々の目的がきりえさんの事の為だけであることが分かりましたわね」
 「お姉さま」を無理矢理にでも魔法少女にする。その為だけに、芽衣は久那織中学校にやって来たのだ。
「タネが知れたので、もう学校に在籍している必要性がなくなったのでしょうね」
「……そこまでして、どうして……」
 きりえは青い顔で口元を押さえ、ソファの端で沈鬱にうつむいた。
 だが、いずれにせよ当人に聞かなくては分からないことではある。そして、その為のこの対策なのだ。
 それを承知しているレイカは、きりえの苦悩を深く詮索することなくソファから立ち上がった。
「さて。今夜も用事ででかけますので、みおみさん、くれぐれもきりえさんのこと、よろしくお願いしますわね?」
「わかりましたっ!」
 そう言ってリビングのドアに歩いてゆくレイカに、みおみは敬礼しながら実に元気良く返事した。


 こんこん、とリビングに響いたノックの音に、みおみがぱたぱたとドアに駆け寄っていった。
「はーい」
「お客様。お茶をお持ち致しました」
「ありがとうございますー」
 シックなメイド服姿の使用人からティーセット一式の載ったワゴンを受け取ったみおみは、自分たちでやりますからと断ってドアを閉め、テーブルの元へとワゴンを押してきた。
「きりえちゃん。お茶にしましょう」
「うん」
 二人は既に寝間着姿。リビングのテーブルで一緒に宿題を片付けていたのだ。
 巨大な振り子時計を見れば、時刻は十時を回っている。
「うわ。いつの間に。 なんとなく真面目に勉強しちゃったわ」
「そうですねー」
 言いながらテーブルの上の教科書やノートを重ねて退かし、みおみがてきぱきと二人分のお茶を用意する。
「なんかすごいよねそれ。立派な紅茶の道具」
「市販でも、手頃なお値段で似たようなものがいっぱいありますから、きりえちゃんもお家で好きな紅茶をいれられますよ?」
 かぶせられていた袋のような布をどかしてポットの中の琥珀色の液体の様子を確かめ、専用の容器で温められていたカップを取り出して並べながらみおみが応える。
「いやー。お茶の葉とかって、いろいろ種類があるんでしょ? そんなに覚えらんないなあ」
「別に、全部を知る必要もないですよ?好みの味のお茶を探すのも、なかなか楽しいですし。 とりあえずこれは、クセの少ない葉をお願いしましたから、試してみてください」
 紅茶を注がれたカップを受け取り、その温かさを味わい、しばしくつろぐ。
「あ」
 だが、せっかくくつろいでいたのに、きりえは忘れかけていた懸念を思い出してソファの背もたれから起き上がった。
「そう言えばみおみ。あんた、自分の魔法とか、ちゃんと分かってんの?」
「……ほえ?」
「起きろ!お茶飲みながら寝るな!」
 くつろぎ過ぎてなんだか極楽に吹っ飛んでいたような寝惚けた顔のみおみに怒鳴りつけた。
「だいたいあんた、ひょっとしなくても契約してから一度も魔女やっつけてないんじゃない!? 」
「……そう言われてみれば、そうですね」
 みおみがキュゥべえと契約した翌日の夕方にはこの志摩家の別邸に来ている。
 それからはレイカの仕切りで学校が終わるたびにこの家に直行しているのだ。そしてそのまま数日が経過して今に至っている。
 それでもなおレイカがみおみを信頼する様子でいるのは、運命の改竄の事実を知らないレイカの中では「みおみは魔法少女になってある程度経った経験者」ということになっているからだ。少なくとも、かつてのきりえと同程度の実力であると思い込んでいるはずである。
「そうですねじゃないわよ!? あんた、そんなんでいきなり何かに襲われて戦えるの!? い、今からでも魔女を探して、練習しないと!? 」
 慌てて立ち上がり右往左往し始めたきりえを眺め、みおみはあくまでも幸せそうにお茶をすすった。
「大丈夫ですよお」
「し ん じ ら れ る かー!? 」
 五指を鉤爪のように捻くらせたきりえがみおみに詰め寄ってきた。
「そんなんで、あの凶暴そうな芽衣ちゃんを止めた上で「お話し合い」だなんて、できるワケないでしょお!? だいたいあんた、自分の魔法とか能力とか、ちゃんと分かってんの!? 」
 必死の形相できりえがまくし立てるが、みおみはそんなきりえを不思議そうに見上げながらマイペースにティーカップを口元で傾けた。
「聞 け。」
「あああお茶が、こぼ、こぼれ」
 とうとうきりえの五指がみおみの顔面に噛みついた。
 ようやくティーカップをテーブルに戻したみおみが、解放されたこめかみをさすりながら口を開いた。
「んん~。 でもでも、契約してみて分かったんですけど、自分の魔法って、だいたい分かりますよ?」
「そりゃ、そうかもしんないけど、じゃああんたの魔法ってなんなのよ? それに基づいて対策とか考えなくていいの?」
 腕組みして見下ろすきりえに、だがみおみはあっさりと朗らかな笑顔に戻ると、立てた人差し指を口元に添えて言った。
「うふふ。 それは秘密です」
「…………!? 」
 ぴき、ときりえの額に青筋が浮かび上がった。

 その瞬間。

 魔女との戦いですら聞いたことのない激しい衝撃と轟音が響き激震がリビングを襲った。
「…………ッ!? 」
 立っていたきりえは成すすべなくソファに倒れ込んだ。
 ワゴンが倒れ、ポットのお茶がぶち撒けられる。
 他の調度類も滅茶苦茶に転倒し、ものによっては粉々に砕け散った。
「なに!? なにこれ!? 」
 この場の激震はすぐに収まったが、遠くから同様の轟音が立て続けに響いてくるの聞こえる。
 近くのひびが入った窓に駆け寄ったきりえが、外の様子を見た途端、その有り得ない異常と恐怖に息を詰まらせた。
「……ッ!? 」
 身体を揺らしたきりえの背を支え、横に並んだみおみが見たものは。
 この広大な志摩家の敷地に点在する大小の屋敷・施設全てに、鉱山用の超巨大ダンプトラックや、何の為の用途か分からない無数のタイヤを付けた荷台と合体した巨大なトレーラー、シートや窓を失ったスクラップの電車などがそれぞれ突き刺さり建物を叩き潰していたのだ。
 きりえを下がらせて窓を開けたみおみが横を見上げると、この別邸の屋根にも大型クルーザーらしきものが半ば以上突き刺さっていた。先ほどの激震の原因はこれだろう。
 そして。
「あははははははははははははは!」
 中庭の中央に立つひときわ背の高い三つ叉の庭園用外灯の上で、哄笑をあげる水色のバレリーナめいた衣装を纏う少女がいるのを発見した。
「芽衣ちゃん!? 」
「ええ!? 」
 みおみの呼びかけを聞いたきりえも隣に並び、そこに現れた芽衣の姿に驚愕する。
「あはははっ! あー!きりえお姉さまったら、そんなトコにいたんだあ!」
 こちらに気付いた芽衣が、にたりと笑んで振り向いた。

「芽衣ちゃん!? な、なんてことしてんのよ!? 」
「うふふふふふ♪」
 きりえの絶叫にもよらず、芽衣は嘲りの笑みを深くするばかりで周囲の惨状など気にも留めない。
「きりえお姉さま! アタシの用件は分かってるよね! これからお姉さまにも魔法少女になってもらうから!」
「……!? 」
 会話が通じないことに、きりえは改めて戦慄した。
「め、芽衣ちゃん!? ここ、誰の家だか知ってるの!? 志摩 レイカ先輩っていう、相当強い魔法少女やってるひとの家なんだよ!? この間、会ったでしょう!? こんなことしたら、芽衣ちゃん、殺されちゃうよ!? 」
 そうだ。じきレイカが帰ってくる。そうでなくても自宅に大惨事が起きたことを志摩家の誰かが連絡するはずだ。
 どんなに先制しても、単独で二人の魔法少女を相手取る困難さは、芽衣だって心得ているはずだ。
「なんで!? ねえ、どうして、こんなことをするの!? 」
「は? シマレイカ? なに言ってんのお姉さま?」
 三つ叉の外灯の上で芽衣はきりえの問いかけを無視し、わざとらしく眉をしかめてその手のリングをひと振りすると、リングの中の亜空間から放り出した卵形の宝玉を宙でキャッチした。
「それって、この人のこと?」
 それを顔の前でひょこひょこと振って見せる。

 オレンジ色に輝く、酷く見覚えのあるソウルジェムを。

「…………あ……」
「あはははっ♪ シマレイカがどうしたって? 身体なんか魔女に喰われて、とうにこんな魂だけになっちゃった人に、なにができるのかな? ねえ!なにができるのかなあ! あははははははは!」
 芽衣の哄笑が弾ける。
 きりえは、あまりの衝撃に身動きができない。
「……な、 そ、んな……!? 」
「さあて! 残る邪魔者はお姉さまの隣のあんただけだよ! でもアタシが用があるのはお姉さまだけなの。 あんたはこいつの相手でもしてなよ!」
 みおみを睨めつけて言うなり、芽衣はひと振りしたリングから数個のグリーフシードを放って宙でキャッチすると、オレンジ色のソウルジェムと纏めて両手で全て握り込んだ。
 すると、いくつものグリーフシードから黒い淀みが浮かび上がり、それら全てがオレンジ色のソウルジェムに流れ込んでゆく。
 一気に穢れに汚染されたソウルジェムは瞬時に真っ黒になって表面にひびを入れた。
「ほらっ!」
 そうして投げ放たれたソウルジェムは上空で粉々に砕け散ると、爆弾のごとく暴風を放射してその周囲を、志摩家の敷地を、世界の秩序を吹き飛ばして常識を塗り変えてゆく。
 ぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てて遠く地平をいびつな鉄柵が立ち上がり世界を囲んでゆく。
 地面を縦横に枕木とレールが走り、その上をざくざくと無機質な人影が整然と並んで行進してゆく。
 かちかちと規則的な音を立て、無数の外灯の足下から伸びた影がそれぞれ時計の針のように回転する。
 とても奇妙で、奇怪で、異様で、不気味な魔女の結界。
 やがてその結界の中心地の上空から、豪奢な額縁に納められた巨大な肖像画が舞い降り、宙に留まって周囲を睥睨した。
 描かれているのは女性にも見えるが、顔の上が見切れている上、デッサンも構図も滅茶苦茶で、それが人であるかも疑わしい。


 これなるは「正義」の魔女。その性質は「狭量」。


「あはははははははは!」
 さらに狂ったように哄笑を続ける芽衣は、手元のリングを両手で掴み、左右に引っ張るようにして二つに分裂させると片方を彼方に投げ飛ばした。
 そのリングは飛翔しながら大きさをぐんぐんと拡張させ、百メートルをも越えそうなほど大きくなると、敷地の中心にある志摩家の「本邸」の上空に滞空した。
 すると、亜空間に接続し夜空とは異なる漆黒で塞がれた巨大なリングの内側からおびただしい量の濁流が滝のように流れ出し、それと共になにやら巨大な三角形のものが突き出てきた。
 それはだんだんと下降を続け、その先端のあとに伸びる長い長い胴体を引きずり出してくる。
 それは、船。
 それも、全長二百メートルをも越えようかという超巨大タンカーだった。
 超高層ビルほどもあろうかというそれが、有り得ない場所に現れた有り得ないものが、その何万トンとも呼ばれる圧倒的な質量が豪華な志摩家本邸の真上に突き刺さり、叩き潰し、もろとも崩壊していった。
 志摩家本邸は、まるでドミノ倒しをスローモーションにしたかのようにゆっくりと内側へと崩れてゆき、巨大タンカーも想定外の前後からの荷重によりまるで提灯のように自壊してゆく。
 続け様に爆発が起き、おびただしい黒煙が噴き上がった。まさかと思ったが、見た目に違わずあのタンカーの中には石油か何かが入っていたらしい。それが本邸の火元に触れ引火したのだ。
「……あ……な……なんて、こ、と……」
 あまりの惨劇と異常事態の衝撃の連続に、唇を震わすきりえの精神が平衡を失いつつある。
 だが芽衣は一切の暴虐と惨劇を無視して窓の二人を振り向いた。両手を広げて。
「さあどうするの? そっちの魔法少女は、どっから手を付ける? やる事はいっぱいあるよお? 魔女はいるし、屋敷の中にも逃げ遅れてんのがいるんじゃないかなあ?」
「……あ……あ……」
 きりえは意識せず窓から後退り、尻餅をついた。
 レイカの死、そして穢れを溜め込んだソウルジェムの思いも寄らない末路と、そこから生まれた魔女。
 なぜ?
 青ざめた顔の眼球が不規則に揺れ、常識を破壊する残酷で圧倒的な暴虐の光景がもたらす衝撃に、精神が状態を危うくしている。

 きりえの額に、みおみの掌がそっとかざされた。
 その手の中にある純白のソウルジェムから穏やかな白の輝きが放たれ、きりえの顔を優しく照らす。
 やがて、不規則に震える瞳が焦点を合わせ、きりえの顔に生気と感情の平衡が戻ってきた。
「きりえちゃん、大丈夫ですか?」
「……み、みおみ……?」
 穏やかに気遣いの笑みで覗き込むみおみに、きりえが応えた。
「ごめんなさい。少しきりえちゃんの心を整理させてもらいました。強い衝撃は、心を傷つけますから」
 言われ、きりえは自身が落ち着いていることを自覚した。
 確かにレイカの死も、ソウルジェムの異常も、巨大構造物の崩壊も、その惨劇の意味はきちんと理解したまま、心臓を潰されそうな痛みだけは消滅している。
 みおみの気遣わしい笑顔の意味。残酷な出来事を悼む気持ちを緩和した魔法は確かに感情的には冷酷だが、まさに戦いの渦中である今だけは平静であることが必要だ。それはきりえにも分かっている。
「……うん。大丈夫。ありがと」
 言いながら、みおみの手を取りきりえは立ち上がった。
 きりえを立ち上がらせたみおみは数歩下がると、部屋の中央で純白のソウルジェムを指先に摘み上げ、胸の前から真横に振り払うとまた胸元に引き寄せて正面にかざした。
 ソウルジェムから白の激しい輝きが放たれ、きりえは思わず目を覆った。
 その輝きの中で、みおみが纏っていた寝間着が、下着が残らず亜空間へ収納され、代わって次々と純白の衣装がその痩身に身に付けられてゆく。
 小さな白薔薇をちょこんと載せたパンプスから伸びる脚は白いタイツに覆われ、膝丈で大きく膨らむスカートは腰で絞られて再び大きく広がり胸元を包み込む。長い手袋は上腕の半ばまで覆い、ドレスから露出した肩や首周りはレースのようなアンダーウェアがぴったりと包んでいた。
 丸く膨らんだスカートの一部に螺旋状にスリットが走って割れ広がると、その中から溢れんばかりの無数の白薔薇が顔を出した。
 そして頭頂に添えた手の下から次々と綿毛で作った花のようなものが現れて並び、そこから広大なヴェールが吹き出して、みおみの顔を覆って垂れ下がった。
 それはまるで純白のブーケを象った花嫁のように。
 肌の露出を極限まで抑えたこれが、魔法少女・綾名 みおみの姿。
みおみ小02
 みおみは顔の前のヴェールを両手で持ち上げて後ろに流すと、片手を差し出して呆然と見惚れているきりえの手を取った。
「さあ。行きますよ?」
「はぇ、あ、 うん」
 微睡みから醒めたような声でうなずいたきりえと共に、みおみは屋敷の窓から外に飛び出した。

「ひあああああああああ!? 」
 みおみの美しさに気を取られて飽和していたきりえは、つい一緒に飛び出してしまった空中で自由落下の恐怖に悲鳴をあげた。自分はもう魔法少女ではないというのに、完全に脈絡を忘れていた。
 ところが、手を取り合うみおみときりえの落下速度は非常にゆったりしたもので、みおみは当たり前のように、きりえも難なく着地できた。
「……や、やるならやるって言ってよ!? なにこれ?浮遊の魔法?」
「いいえ? 違いますよ?」
 きりえに応えながら、みおみは手を解いて前に進み出た。三つ叉の外灯から飛び降りた芽衣に向かって。
 みおみはまるで清水の泉のごとき穏やかな表情を湛えたまま、片手を振ってきりえの周囲に防護柵の魔法を展開させた。
 ただし、きりえの周囲に舞い降りたのは、微かにたゆたう白色のヴェール。
 ふわふわと漂うそれに囲まれたきりえはその柔軟な見かけの頼りなさに怪訝顔になった。
「ちょっ、みおみ、これ……」
「きりえちゃんは、動かないでくださいね」
 振り向かずに告げ、みおみは斜めに傾いた目線で睨め付ける芽衣の元へと歩いてゆく。
「……あんたさあ。バカなの? なあんでアタシんトコに来るワケ? ほら。魔女もいるし、お屋敷も大変だよ?」
 リングを左右に振って呆れたように芽衣が吐き捨てるが、みおみは意に介さない。
 きりえからはその顔が見えず、背中からではみおみの意図が読めない。
 だが、もはやただの人間に過ぎない自分には手の出しようがないことを思い出し、きりえは臍を噛んだ。
 地上に穿たれた線路をざくざくと歩くぼんやりとした人影の使い魔とすれ違っても、みおみは何もしなかった。
 周囲の惨劇の一切に目もくれず、みおみはただじっと芽衣を見つめて歩みを進めた。
「芽衣ちゃん。いったいどうしたんですか?」
「は?」
 静かな問いかけに、芽衣がバカにしたようにあごを突き出して聞き返した。
「なに言ってんのあんた」
「久那織市から引っ越してから、なにがあったんですか?」
「……!? 」
 罵声も嘲笑も、芽衣の悪意を一切歯牙にも掛けない、淡々と問いを重ねたみおみに気圧されて、芽衣は思わず息を飲んだ。
「教えてくれませんか? 芽衣ちゃんが、魔法少女になった訳を」




◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

「せっかくだから、もっぺん訊くよ! あんたの正義がなんだって?」

第11話 例えば、こんなふうにさ

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みおみ大02
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テーマ:二次創作 - ジャンル:サブカル

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