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ルィスフガーデン

鏡よ鏡。もう少し手加減しておくれ。自分の美しさで目が眩んでまともに鏡も見られない。

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第5話 おまえらの力が必要なんだよ

『ほい』
『……ありがと』
 通学路の途中にある自動販売機とベンチが並ぶ一角で、桂華が放り投げた缶ジュースをすずは淀みなく受け取った。
 隣にどかりを尻を放り出すように腰掛けた桂華がプルタブを引き起こし、さっさと中身をあおり始める。
 辺りは夕暮れ。空は朱と群青のツートンカラーになっている。
 すずは、受け取った缶ジュースを指先で弄びながらうつむいていた。
『……うちは、両親が音楽家なの』
 やがて、すずがテレパシーで語り出した。
 桂華は、ジュースをあおりながら黙って聞いている。
『小さい頃からおもちゃの代わりにピアノで遊んでいたから自然と覚えたし、素質もあったんでしょうね、遊びの延長で作曲みたいなこととかしてたら、気が付いたらピアノの英才教育を受けさせられていた』
 好きでやっていた事のはずなのに、そこからすずは違和感を感じ始めた。
『好きなのよ。ピアノを奏でること自体は。 でも、お父さんもお母さんも技量や他人の音楽ばかり押しつけて、私の音楽を潰そうとばかりするの』
 修得すべきはプロの技能。かつての偉大な音楽家が作り上げた有名な楽曲が一通り弾きこなせなければ大学への道は拓けない。
 両親はそんなことばかり言っていた。
『私は、自分の好きな音楽だけ弾ければそれでいいのに!』
 めき、と缶が異音を立ててへこんだ。
『……それで、キュゥべえに頼んで周りの音を聴こえなくしたんか……』
『そう』
 空を見上げたまま呟いた桂華に、目線を落としたまますずが応えた。
『どんなに有名で評価が高い音楽でも、私にとっては私の邪魔をする騒音にしか聞こえなかった。お父さんの言うことも、お母さんの言うことも全部全部耳障りでしかたなかった!』
 めこき、と握りしめられた缶が一段とへこんだ。
『だから、何も聞こえなくなれば、もうお父さんの文句もお母さんの小言も聞かなくて済む。他人の作った音楽も聴こえない。好きなように自分の音楽だけ弾いていられる。そう思ったの。 でもね』
 ふっ、と自嘲ぎみにすずが溜め息をもらした。
『……なんで夕方学校に残ってまでピアノを弾いていると思う?』
『やっぱ、禁止されたか?』
『そう。学校でピアノを弾いているのは、うちのピアノが使えないから。 ……鍵までかけて、お父さんは私からピアノを奪い取ったの!』
 余りに力んだ指先が、更に缶に食い込む。
 ところが、缶が圧壊する寸前に横から伸びた手がそっとへこんだ缶を抜き取り、すずの手を握りしめた。
「!? 」
『……それでか。 なんとなく分かったよ』
 驚いて振り向いたすずを、湖面のように穏やかな顔の桂華が驚くほど間近で覗き込んでいた。
 夕焼けの残滓がその穏やかな顔に深く陰影を描いている。
『アタシはピアノのことなんか知らないけどさ。でも恨みとか怒りを抱えたままじゃあ何やったってつまんなくなっちまう。なんだってそうだ。 すずっち、不満を抱えたままピアノ弾いていただろ』
 すずの目が、図星を抉られたことに気付いて見開かれた。
『……じゃあ、どうしろって言うの?』
 呆然としていたすずの顔が、均衡を不安定に揺らしながら問い返す。
『子供の身分で、あの分からず屋のお父さんに反抗しろって言うの!? 自分のじゃない音楽を受け容れろっていうの!? 』
『うーん。 そういうんじゃなくてさあ』
 桂華はすずの手を握りしめたまま空いた手で頭をがしがしと掻いた。
『すずっちが学校に残ってピアノを弾いてんのは、言っちゃあナンだけど、家の事情からの逃避だろ? いや怒んなよ最後まで聞け』
 気色ばんだすずの気配に、握る手に力を込めながら片手を振って桂華は続ける。
『だから、夕方ピアノを弾いているすずっちは、弾きたくて弾いているのとはちょっと違うよな?』
『え?』
『だからさ』
 意外な見解を聞かされてきょとんとしてるすずの手が、目の高さまで掴み上げられた。
 その手の向こうの桂華の目が、いたずらっぽくにやりと笑んだ。
『これ、アタシの提案。て言うかお願い。 すずっち。アタシの為に曲作ってくれよ』
『……は?』
 ぽかんと、すずの口が開かれた。
『すずっちは自分で音楽作れるんだろ? だったらさ、アタシの為に、アタシに似合うアタシの曲、作ってみてくれよ! できるだろ?』
『……え……!? 』
 それはすずには思いも寄らない言葉だった。
 今までは遊びで音楽を作ることを繰り返していただけで、「自分以外の誰かの為に」など考えたこともなかったから。
 理性は、なにをバカなことをと懐疑的だったが、もう既にすずの中の「音楽家」の部分が聴いたこともない音を掻き鳴らし始めていた。
 そんな事を言われては、心の中の生まれついてから音楽と慣れ親しんだ部分が黙ってはいなかった。
『どうだ? それともやっぱりできまちぇんか?』
『舐めないで頂戴』
 戯けた顔で握った手を揺らした桂華に、すずは強気な笑みで見返した。
『面白いわ。 とびっきりあなたらしい曲、作ってあげる!』
『へへっ』
 握り合った手を組み替えてより強い握手に変えた二人は綻ぶ笑顔で笑い合った。
「……やっとすずっちの笑顔が見れた」
『え? なんて言ったの?』
 思わずぽつりと呟いた言葉。
 それはだが口からのみこぼれた台詞で、すずの脳裏には届かない。
『ん。なんでもね』


 晴天の下、昼休みを告げるチャイムと共に久那織南中学校の構内は生徒たちの嬌声や雑踏の音に満ち溢れた。
 そんな喧噪の中にあって特別教室棟に遮られて騒音も届かない裏庭に、大きなじょうろを重たげに抱えたゆりがよたよたと歩いてきた。
 向かう先は、大量の花が咲き誇る花壇。
「……んしょ」
 小さな体格に比してじょうろは大きく、中に満たされた水は重たい。
 歩くにつれ重心移動の影響を受けた水は揺さぶられ、振幅は増大して暴れ出しゆりの手から逃れようとする。
「あっ、あわっ!? あわわ!? 」
 たぽん、たぽんと音を立て、上面の口から、注水口から水が溢れ出す。
 どうにか持ち直そうとするが、その度に水が飛び出して捲き散らされる。
「あわっ!? わああっ!? 」
「おっと」
 手に余る反動にとうとう取り落としそうになったその時、横から回り込んだ手がじょうろをすくい上げ、ゆりの矮躯を抱き止めた。
「……っ!? 」
「大丈夫か?」
 さながら救出した姫を抱きすくめるようにゆりの背を支えて間近に立っていたのは、例の白魔法少女・浮絵 桂華だった。
「ぅ……浮絵、先輩……?」
「「先輩」はヤメてくれよ。尻がカユくならぁ」
 苦笑した桂華はゆりの体勢をあっさりと立て直すと片手で軽々とじょうろをぶら下げ歩き出した。
 手を添えられたまま背を押されてゆりも歩き出す。
「あ、あの、 ありがとうございました……」
「おう。 今度、先生に言って小さいじょうろ二、三個買ってもらえよ。持てねえくらいデカくてもしょうがねえじゃんかなあ?」
 にかっと白い歯を見せて笑う桂華に対して、ゆりは気後れしながら控え目に微笑んだ。
 やがて花壇の前にたどり着く。
「さって。どの辺に撒けばいいんだ?」
「え、いえ、あの、私、やりますから……」
「いいって。やらせてくれよ。こう見えてもあたしも花好きだしさ」
 闊達な笑顔で言いながらじょうろの上面の穴から直接手で水をすくって撒き始める。
「いえ、でも、 ……この花壇全部、なんですけど……」
「なおさら小分けにして分散しないと終わんないだろこれ。まあいいや」
 広い花壇を眺めて半眼になりながらも桂華は水撒きを続行した。
 このじょうろの注水口の先には、流水をシャワーのように変える器具が付いていない。
 直接強い流水を浴びせて花を痛めないように手で掬った水を振りかけるやり方を見て、ゆりは桂華に心得があることを知って喫驚に目を丸くした。
 最初はおろおろと所在なげにしていたゆりも、それからやがて桂華のあとについて歩き出した。
 色鮮やかな花々が身に付けた水滴に陽光を跳ね返してきらきらと輝いて見える。
「……お花とか、育ててたことがあるんですか?」
「まあな。 意外だろ?」
「いえ、そんなことは……!?」
「はっは。いいんだよ。 前いた所でさ、花好きなやつが結構いてさ。一緒に水やりとか世話とかやってたんだ」
 そう言えば、桂華は前はミッション系の学校にいたと言っていた。
 奉仕活動でもあったのだろうかと、桂華の経歴を思い出したゆりは考えていた。
「……なあ。ゆーりんは大丈夫なのか?」
「え?」
 やおら唐突に話しかけられ、ゆりは怪訝に桂華の横顔を見上げた。
「やっぱ昨日の戦い方はよくないよ。ゆーりんは怖くないのか?」
「え……」
 桂華は花壇を見下ろしたまま、だがその横顔は真摯さを湛えていた。
「ゆーりんの魔法もすごいし、かおるんの魔法だってよくわかんねえけど、すごい。 だからなんか、もうちっとやりようがあるように見えたんだけどな」
「あ、あの!」
 突然大きな声を出され、桂華はわずかに片眉を上げて見返した。
 あれほどおどおどしていたゆりが、どこか必死さを伴わせて見上げていたのだ。
「か、薫ちゃんは、なにも悪くありませんっ!」
「? おいおい、あたしは別に、誰が悪いとか言うハナシじゃなくってな」
 突然の剣幕に喫驚しているうちにゆりがまくし立てる。
「私が、私がグズでのろまだからっ、薫ちゃんは、そんな私でも、ちゃんと使ってくれるから、私……!」
「おいおい……」
 血相を変えたゆりの様子に桂華は言葉を失っていた。
「私、薫ちゃんの為なら……だから……!」
『そこまでだよ』
 脳裏に声が閃いた途端、桂華は背中から衝撃を受け腹部に炸裂した灼熱のような激痛に身を捩って崩折れた。
「っがはッッ!? 」
 せき込んで大量の血を吐いた桂華は、自身の脇腹を細長い鉄パイプが貫いているのを見て愕然とした。
 元は白かったらしき鉄パイプは腹の傷口を境に突き出した先が赤黒く塗れており、穿たれた所からおびただしい血が流れ出していた。
「ゃああああああああああ!? 」
 目前の凄惨な光景にゆりが悲鳴をあげた。
 悲鳴を聞きつけて、校舎の窓から教師が顔を出す。
 裏庭に起きた惨劇を目撃した教師が何かを喚いて室内に駆け戻り、またさらに校内へと騒ぎが拡充してゆく。
『全治三ヶ月ってところかしら。 白魔女を倒す二週間後になにが起こるのかは知らないけど、しばらくおとなしくしていることね』
『……お、おまえな……』
 苦悶に顔を歪める桂華は、横倒しになった体勢から無理矢理首を巡らせて校舎の屋上を見上げた。
 いた。
 屋上フェンスの外側に立ち、いっそ酷薄とも言える冷たい眼差しでこちらを見下ろす、紅の軽甲冑に身を包んだ魔法少女姿の御鐘 薫が。
 その薫が手をかける転落防止柵の縦棒が一カ所、不自然に隙間を空けていた。どうやら薫は魔法で鉄柵を一本引きちぎって飛ばしてきたらしい。
 容赦ない一撃。顔は遠くを仰ぎながら見開かれた双眸のみが地上を見下すその青白い眼光には静謐な怒りが滲み、見る者に狂気さえ疑わせる。
『か、かおるん、こんなことやってる場合じゃないだろ!? おまえらの事だぞ!? 』
『余計なお世話だよ。 それよりその傷、今ふさいでもいいけど、周りの人間に不自然に思われないように気を付けることね。 少なくとも明日いきなり校内をうろちょろしたりしたらあなた、化け物呼ばわりされるかもよ?』
『おまえ……!? 』
 二度と近寄るな、という警告。
 だがそれは、二人の抱える問題がその先にあるという証拠でもある。
(なるほど、そういう感じかよ!? )
 すぐそばで青い顔で桂華を見下ろしていたゆりが屋上の薫を振り仰いだ。
 薫から個別にテレパシーでも受けたのか、何事かうなずく素振りを見せてから桂華を見下ろすと、やや躊躇いを見せてからやがて身を翻して校舎の向こうへと走り去っていってしまった。
(くそったれ!魔法少女だもんな、やっぱヘヴィなモン抱えてるよなあ! それでも、おまえらの力が必要なんだよ!)
 代わって駆け寄ってくる数人の教師の足音を聞きながら桂華は胸中で吼えた。


 夕暮れの帰途をすずはひとり、とぼとぼと歩いていた。
 歩調は決して軽いとは言えない。
 家に帰っても、今のすずに居場所などないのだから。
「…………」
 今日は少し遅くなった。
 いつもより暗く陰った帰り道の光景を眺めながら陰鬱に溜め息を吐いた。
 やがて大きな河川をまたぐ巨大な橋にさしかかる。
 緩やかな山並みの間を夕焼けの残滓が未練たらしく朱に染めていた。
 橋の歩道には夕陽の朱と鉄骨の影の黒が交互に並び縞模様を描いている。
 なんとなくその影の部分を踏みながらすずは歩みを進めた。
 ふと、横断歩道を連想する。
 路上に描かれた、歩行者を守る白とグレーの標識。
 まるで真逆に配色されたこの橋には、爬虫類の背のような不気味な禍々しささえ感じられる。ならばこの縞模様の道は、歩行者をいったいどこへ誘うのか。
 そんな愚にも付かないことを考えていたせいだろうか。
 足下どころか、周囲の光景が全てサイケデリックな模様に包まれ、世界が、常識が全て異なるものに塗り変えられていることにすずは今ようやく気付いた。
「!? 」
 魔女退治に興味がなかったせいで魔女の気配に不慣れだったことも要因だ。
 これが魔女の仕業であることに気付いた時にはすずの身体はバランスを崩して頭からつんのめるようにして転倒していた。
 重力が、九十度傾いたのだ。
「っ!? ああっ!? 」
 まともに肩を、背中を打ち、体勢を把握しきれないうちに固い路上を転げ、今や「下」となった橋の手すりに激突して身体が跳ねたところでようやくすずは手すりを掴んだ。
 空中に身を投げ出され、手すりを掴んだ片手一本で辛うじて支えられたすずの身体が宙で揺れる。
「……っ!? 」
 すずは、ぞっとした。
 今や「下」は遙か地平線を奈落としている。
 ここで手を離したら地平の果てまで永遠に落ち続けるだろう。この場合、死体は残るだろうか。それとも結界に喰われて消えるのだろうか。
「……くっ!? 」
 どうにか片手でぶら下がっている状態である。
 すずはすぐにもう一方の手を振り上げて手すりを掴もうとした。
 そうして「上」を見上げると、その上空には、本来は橋の反対側の歩道の上には、橋を支えていたはずのアーチ型の鉄骨が分離して浮遊し、まるでチェシャ猫のにやけた口元めいた嘲笑する「口」を成して見下ろしていたのだ。


 これなるは「栄光」の魔女。その性質は「高慢」。


 魔女は自身の高みに慢心し、遙か「下」であるすずを嘲笑っているのだ。
「……!? 」
 すずは魔法少女に変身した。目の覚めるような鮮やかなシアンに彩られたマーチングバンドのユニフォーム姿に身を包み、即座に自身の武器である無数の鍵盤を召還する。
 そこへ、今や巨大な壁となってそそり立つ橋の上からきゃらきゃらと嬌声を上げながら無数の使い魔が落ちてきた。
 それらは言わば「てるてるぼうず」のような姿をしており、やはり魔女とそっくりの三日月型にぎざぎざ線をいれた口の端を釣り上げて狂ったように嘲笑っている。
「きゃ……!? 」
 無数の使い魔が、すずが展開した鍵盤に激突する。
 すずの武器は万能の防護柵である。術者への攻撃はほぼ完璧にブロックできる。
 だが今のこの体勢にあっては意味を成さなかった。
「……あ……」
 大量の使い魔の体当たりの衝撃に、すずは思わず手を離してしまったのだ。
 シアンの衣装に包まれた長身痩躯が手すりから離れて結界の重力に引かれ、果てなき奈落へと吸い込まれていった。
 自らの結界に堕ちた愚か者を見下ろして、魔女が口の端を釣り上げて嘲笑っていた。




◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

「最低だな、あたし」
「分かってるよ。あたしの願いの為だ」

第6話 例えどんな汚い手だろうと

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テーマ:二次創作 - ジャンル:サブカル

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