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ルィスフガーデン

鏡よ鏡。もう少し手加減しておくれ。自分の美しさで目が眩んでまともに鏡も見られない。

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第10話 時は可逆、歴史は不可逆

 私は、大切な友達の為に、「護られるだけの私ではなく、護ることができる私になりたい」と願って魔法少女になった。
 だけど、何度も失敗を繰り返した末に辿り着いた真実はとても残酷で。
 だから私は彼女だけはなんとしても護ると決めて、果てのない戦いの道に踏み込んだ。

 一人だけではどうにもならない。だから私は他の魔法少女にも協力を求めた。
「……あのさあ。キュゥべえがそんなウソ吐いて、いったい何の得があるワケ? あたし達に妙なこと吹き込んで、仲間割れでもさせたいの? ……まさかあんた、ホントはあの杏子とかいうヤツとグルなんじゃないでしょうね!? 」
 けれど、私だけが知り得た真実は、容易に信じてはもらえなかった。
 かつて友達だった彼女だけは私のことを無碍にこそしなかったが、結局確実な対処法を編み出すには至らなかった。
 それでも私は諦めなかった。
 この町にいる魔法少女だけでなく、隣町にいる魔法少女にも接触を試みた。
 誰でもいい。誰か、話を信じて、協力してもらえないか。
『……って、言われてもね』
 モデルみたいに背の高い、細い目の魔法少女は素っ気なく言った。
『悪いけど、私は魔女退治に興味ないのよ。願いが遂げられた以上、キュゥべえにも用はないの。 ……どうでもいいのよ。本当に』
 また別の魔法少女にも話を持ちかけた。
「……なるほどね。まあ、キュゥべえの融通の利かなさについては同意するところだけど」
 真紅のソウルジェムを額のサークレットで輝かせる魔法少女は、隣に立つ薄紫のメイド姿の魔法少女の頭を抱き寄せる。
「この娘がね。キュゥべえにお願いしたにも関わらず、世界はこの娘の望む形になっていなかったの。わたしもキュゥべえに詰め寄ったんだけど、「願いの文面通りじゃないか」の一点張り。呆れたわ」
「じゃあ!? 」
「でもね」
 真紅の魔法少女は、喜色を上げた私を冷たく遮って。
「挙げ句、魔女になるって言われてもね。突拍子もなさすぎるわ。 だったらなぜキュゥべえは、わたしたちを魔法少女なんかじゃなくて、いきなり魔女にしてしまわないの? 魔女にして、どうするの?」
「それは……!? 」
 結局、キュゥべえに対する不審を抱えていても、決定的な証拠がなにもない現状では何を言っても空回りにしかならなかった。

 だから私は決めたのだ。
 誰にも頼らずに、私ひとりで彼女を護ると。


◆◆

「おらおらおらおらおらあああッ! 」
 久那織南中学校の裏庭に荒れ狂う真紅の嵐の中で、周囲の物質から変質して伸びた蛇竜のようにのたうつ長い長い錐のようなものを、桂華が片っ端から打ち砕いてゆく。
 地面までもが荒海のように激しく波打っている為、桂華はオーラを纏いながら地表すれすれを飛翔して薫の周囲を飛び回っていた。
「どうしたどしたあ! 支配の魔法ってもこんなもんなんでちゅかあ!」
「舐めるんじゃないわよ!? 」
 桂華を追って振り返った薫が再度軍配扇を振るうと、今度は立ち並ぶ木々が出鱈目に枝を伸ばし、無数の葉を打ち出してきた。
 降り注ぐ、鋭いナイフと化した木葉の雨を桂華は雷光のように飛び回って回避し、蹴り返し、殴り落とす。
 狙いが逸れた鋭利な葉が、桂華を追って次々と地面に深く突き刺さってゆく。
「ぬるいんだよ!」
「あらそう!? 」
 自身を目指して一直線に飛翔する桂華に対し、薫は怜悧な目で睨み返した。
 その桂華の背後で地面が隆起し、突き刺さった鋭利な葉をそのままにまるで釘バットのように纏わせた巨大な腕となって立ち上がり、桂華に向かって振り下ろされた。
「んが!? 」
 後方からまともに叩き潰された桂華は、続いて崩落してくる土砂の中に埋没して消えてしまった。
「ほぉらっ!? 」
 続く薫の軍配扇のひと振りでそこにあった焼却炉から炎が吹き上がり、軍配扇の指し示すところ、桂華の埋まった地点めがけて殺到し地面を蹂躙した。
「これだけ熱くちゃ、文句の出ようもないんじゃない?」
「出るわいっ!」
 ところが、薫の背後の地面を突き破って激しいオーラを纏った桂華が飛び出してきた。
「地面を撹拌し過ぎたろ? こう足場が弱くちゃおとなしく焼かれてやれねえよ!」
「あなた!? 」
 怒りの形相の薫が振り向き、即座に振るった軍配扇によって周囲の小屋や校舎の外壁が再び部分的に隆起して変形を始める。
「ついでに注意散漫だ!」
 言って桂華はいきなり地面を殴りつけた。
 拳が埋め込まれた場所から薫に向かって地割れが突き進み、瞬く間に瓦解して薫を飲み込んだ。
「ひゃ!? 」
「地面を撹拌し過ぎって言っただろ?」
 先ほどの炎の攻撃を躱す為に、桂華が掘り抜いた土中の穴の部分が陥没したのだ。この為に桂華はご丁寧に薫の真下を通過してきたのだ。
 いまや薫は腰まで土に埋まって身動きが取れない。
「さあて、素直に負けを認めたら、これでおしまいにしてあげるけどどうする?」
「わたしも、舐めるなって言ったわよね?」
 面白がるような獰猛な笑みで見下ろす桂華の目の前で、冷酷に口の端を釣り上げた薫の姿がいきなり急上昇し、隆起した土砂の柱が薫を乗せて高く立ち上がった。
 頂点に至った薫の姿が紅い閃光に包まれると同時に身体に付着した土が一粒残らず吹き飛び、一切の泥汚れが消し飛んだ。
「笑わせないで! この世の何もかもがわたしに従うの! 捕らえることなんてできないの! あなたごときがわたしを見下すだなんて、何度生まれ変わっても足りやしないわ!」
「へえ。そりゃたいしたモンだ」
 再び乱立して周囲を取り囲む、物質が変質した蛇竜のごとくのたうつ錐に囲まれても桂華は相変わらず面白がるような調子で軽口を叩いた。
「それじゃなんで、自慢の魔法で好きな男ひとり意のままにできなかったんだ?」
「っっ!? 」
 薫の狂喜の顔がひきつった。
 桂華はなお笑みを深くして睨め上げた。
「違うな。お前はそうしてしまうことが怖くて、好きな相手に限って魔法を無意識に中断させていたんだ!」
「……!? 」
 薫は、高く伸び上がった土砂の柱の上で目を剥き、唇を戦慄かせていた。
「勘違いすんなよ。お前は別になにも悪いことなんかしちゃいないさ。女の子なら当たり前に考えることだ。 それに結果的に魔法なんかなくてもなんとかなった。だろ?」
 薫は反応しない。
 だが、いつしか地面から、校舎の壁から生えていた先の鋭い触手が動きを止めていた。
「……なんなのよ、あなた……なんでこんな、ワケわかんないよ……」
「だっから。それをこれから説明してやっから、とりあえず魔法をしまって降りてこいってんだよ。 魔女化の話もきちんと説明してやっから」
「っ!? 」
 桂華の言葉の最後の単語に反応して肩を震わせた薫が、再び姿勢を立て直して軍配扇を振り上げた。
「おいおい……」
「だからっ!? どうせ魔女になるなら、もう、なんの意味もないのにっ!? 」
 薫の怒気が膨れ上がるのに従い、物質が変質された無数の錐が再び蠢き始めた。
 ところがそこに突如、場違いなピアノのメロディが鳴り響いてきた。
「!? 」
「え……!? 」
 薫が、離れた位置に立ち尽くしていたゆりが怪訝に辺りを見回した。
 やがて体育館の屋根の上に立つ人影に気がついた。
 目の覚めるような鮮やかなシアンに彩られた、まるでマーチングバンドのユニフォームのような衣装を纏った魔法少女が、周囲に浮遊する無数の白と黒の鍵盤を流れるような指さばきで弾いていたのだ。
「すずさん!? 」
「あ……」
 ゆりが喫驚し声をあげるも、すずと直接の面識がないはずの薫が反応したことに気付いて土砂の柱を見上げた。
 薫の顔から、いつしか険が薄れていた。
 流れるピアノの旋律にはまったく聞き覚えがない。音楽の授業でも聴いたことがない。
 なのになぜか、ゆりはその曲に親しみを感じていた。
 黎明の薄氷のように繊細で、人目に触れぬ密やかな様相。けれど、内には熱情を宿し、いつか陽の当たる場所へ出たいと願っている。
 不器用な自分を責め苛み、けれどなにもかもを諦められることもできずに苦しんでいる。
「…………!? 」
 ゆりは、曲に込められた意味に気付いてすずと薫を交互に見上げた。
(これって、薫ちゃんを表現してる……?)
 直感だ。だが、きっと当たっている。
 すずは薫のほうを向いており、薫も頬に涙を伝えながらすずを凝視していたから。
 やがて、すずの演奏が終わった。
 薫は、土砂の柱の上で立ち尽くしていた。
「よう!すずっち! アタシの曲より先に初対面のやつの曲ができるなんてどういうことだよ!」
 突如、空気を無視して桂華が軽快にすずに呼びかけた。
 ゆりと薫のことは忘れているのに、なぜすずのことだけは覚えているのだろうかと ゆりは訝しんだ。
『うるさいわね。勝手にいなくなっておいて。 あなたの注文はしばらくおあずけよ』
「ひでえなあ」
 なぜかゆりにも聴こえるテレパシーで言い合いながら、すずが体育館の屋根を蹴って裏庭に飛び降りてきた。
「さて。そこのお前と、……お前ももう降りてこい」
 言ってゆりを振り返った桂華が、続いていきなり目の前の土砂の柱を蹴り砕いた。
「っっ!? ひゃああああああああ!? 」
 突如足場を崩された薫が長い悲鳴を引きずって落下し、他の誰かがなにをするよりも早く桂華ががっしりと抱き止めた。
 目を白黒させている薫の目を覗き込んで桂華が続ける。
「さあ。白魔法少女の契約通り、お前らの必要なものはだいたい用意したぞ!」
 言って、桂華はにかっと快活に笑った。
 そして明後日の方角を振り仰いで呼びかけるように声を張り上げた。
「キュゥりえ! これでもうあと一押しだろ? やってくれ!」
『わかった』
 桂華が見上げる虚空に突如、ミントグリーンの生き物が跳ねるようにして現れ、初めてその姿を見たすずが怪訝な顔をしたのと同時に爆発的な閃光が迸り、この裏庭が純白の輝きに包まれて互いの姿以外なにも見えなくなってしまった。


◆◆

「よう! アタシが今日からあんたの相棒だ!よろしくな!」
「……はあ……その、……よ、よろしくおねがぃs……」
「はっはっは! もちっと大きな声出していこうぜ! アタシは構わねえからさ!」
 桂華に豪快に背中を叩かれた少女は、まるでおもちゃのように簡単に押し出されてたたらを踏んだ。衝撃でせき込んでいる。
「うあ、悪ぃわりぃ!? アタシいっつも石みてえに固いねえちゃん達に囲まれてたから!? 」
 赤いフレームの眼鏡越しに恨みがましい涙目で見返す少女に駆け寄った桂華は慌てて背中をさすった。

 制服が、修道衣みたいに上下一体型のワンピースになっている事ついては、この学校がミッション系だからなんだろうなとしか思わなかった。余所の学校の制服がどんなもんかも良く知らなかったから。
 ただ最初着た時に自分で「似合わねー」って鏡見て笑ってた。
 けど、正直こいつにはすげえ似合ってると思った。
 中学に上がるにあたって、親父の言いつけで無理矢理入らされたこのミッション系の学校で、入学してすぐに決まった花壇の世話係二名の、アタシの相棒に決まったのがこいつだった。
 人生初めての中学生生活で、一番最初の友達だ。
 ……アタシは、そう思ってたんだけどな。

「っしゃ! 水入れた!」
 昼休みになって、さっそくアタシは相棒と一緒に花壇に水撒きに出た。
 でっかいじょうろ二つを水でいっぱいにして、ひとつを持って立ち上がった。
 ところが、相棒はもう一つのじょうろを持ち上げることにすら難儀していた。
 ふらついているのが見ていられず、アタシはもう一つのじょうろも片手で取り上げた。
「あ……」
「あー悪ぃ。重かったかもな。水いっぱいいれちまったから」
「……ごめんなさい……」
 蚊の鳴くみたいな小さい声で謝られてアタシは振り向いた。
「なあんだよ、なんも悪くねえじゃん。アタシはほら、鍛えてっから」
 なんでもないことだ。だからアタシはいつも通りに笑い飛ばしてやった。
 それなのに、相棒の表情の曇りを吹き払ってやれなかったのがすごい残念で。
「てい」
 花壇に着いたアタシはさっそくじょうろの一つを持ち上げて傾け、ノズルの先端からじょぼじょぼ出る水を適当に花々の上から撒いてやった。
 このじょうろには、先っぽに付けるあの水がシャワーみたいになるヤツがついていなかったから、ぼちゃぼちゃと盛大にこぼれた水が花を叩きのめしていたけど。
 アタシにはその意味も分かってなかった。
「……あ、あの……」
「んあ?」
 後ろから控えめに袖を引かれてアタシはじょうろの傾きを戻して振り向いた。
「なに?」
「……あの、それだと、お花が、傷んで……」
 相棒の指先が示した先を見て、ようやくアタシも合点がいった。
「ありゃ。どーしよ。 確かにこれじゃ水が強過ぎるよなー」
「……」
 潰れた花が水浸しになった土の上でのびているのを見て、アタシは困った。道具はこれしかないから、もうどうしようもない。
 そう思ってたら相棒は制服の袖をまくり、じょうろの上の口に手を突っ込んで、手ずから水を掬い出しては花の上にぱらぱらと振りかけていた。
 それはシャワーのノズルにも迫る優しい水撒きで。
 アタシは目からウロコが落ちた。
「へえ!すげえな! アタシはこの先っぽから水出すことしか考えてなかったよ!」
「…………」
 感心したアタシの前で控えめに微笑んだその時の相棒の顔を、アタシは良く覚えてる。

 アタシじゃ思いつかない、発想の新しい角度を教えてくれる。
 やっぱ友達っていいな、ってその時は無邪気に喜んでた。
 でも、その時のアタシは本当に物知らずで。
 なんにも知らなくて。

 ある日から相棒が休みがちになって、やがて休学し、長期入院することになったことを朝礼の時に先生から聞かされた。
 愕然とした。一緒にいるのが当たり前だと思っていたから。
 いつものように花壇の水やりができなくなるだなんて、想像だにしなかったから。
 当然、見舞いに行った。毎日のように。
 さすがに根掘り葉掘り聞くようなことはしない程度の分別はあったけど、通りかかった医者とかから漏れ聞こえたことをまとめると、どうも生来激しい運動に向かない体質だったらしい。
 子供だったアタシは、自分と他人の区別がいまいち分からなかった。
 腕力の差はあっても、頑張れば誰もが誰かと同じにできると本気で思っていた。
 アタシが無理をさせたんだろうかと、さすがに考えた。
 相棒は、ベッドの上で儚げに笑いながら「それは違う」って言ってくれたけど。

 やがて相棒は、長期療養の為に東京の外、どこか遠くの療養施設に移ることになった。
 アタシにとっては今生の別れにも近いショックだった。
 簡単に見舞うこともできなくなる。
 出発の日。
 病院の玄関に車椅子に乗せられて出てきた相棒にアタシは言った。
「気付いてやれなくて、ごめん! 守れなくて、ごめん! でも!」
 なんて言えばいいのか。気の利いた台詞なんて、アタシの頭じゃどんなにひねっても出てきやしない。
 だから、そのまま言った。
「なんか困ったことがあったら、アタシに言えよ! 手伝ってやる!なんだって、助けてやるから!」
 相棒は、肯定とも否定ともつかない曖昧な笑顔でうなずいた。
 言ってる自分の言葉の意味も、相棒が返答に困る理由も分かる。
 その療養施設は、中学生が簡単に行き来でいる場所じゃないことは分かってる。中学生の身分でできることなんて、高が知れてる。
 でも、そんなことは関係ない。
 正しい水撒きの方法を教わった。新しい視点の面白い考え方を教えてもらった。
 アタシはこの娘に何をしてやれただろう。そんな後悔が頭をもたげてたんだ。
 そしたら、なにができるか分かんないけど、できることはなんだってしてやりたいって強く強く思った。
 だからアタシはそうする。そう決めた。できるかどうかなんて、関係ないんだ。


◆◆

 全ての色を含むが故の白き輝きに塞ぎ尽くされた広さも高低も曖昧な空間で、唯一色彩と質量を持った存在──輝きに掻き消された裏庭の景色に取り残されたように白の空間に立っている魔法少女と+αをすずは見回した。
 主観では一日しか会わなかっただけのはずなのにやけに久しぶりに感じる浮絵 桂華と、入れ違いに共に行動するようになったゆりと、状況証拠から御鐘 薫と思われる魔法少女と。
 そしてここからは敵か味方か分からないやつ。
 ミントグリーンの体色の、プレーリードッグのような小動物。両耳と尻尾に天使の輪めいた光輪をぶら下げているそれはとてもキュゥべえに似ている。恐らく同類なのだろう。それがなぜ浮絵 桂華の呼びかけに応えたのか。
 それと、この真っ白な空間に移ってからいきなり現れた「五人目」の魔法少女。
「よっ。ほむほむ久しぶり」
「そのあだ名はやめてもらえないかな……」
 浮絵 桂華が軽快に片手を挙げて呼びかけたのは、控えめな苦笑顔で応えたのは初めて見る魔法少女だった。
 衣装こそ、この面々の中では比較的おとなしいデザインの変形セーラー服のような出で立ちだが、腰まで届く、流れるような美しい黒髪が印象的で、その上ソウルジェムなどのパーソナルカラーは紫色なのになぜか真っ赤なリボンをヘアバンドのように頭に巻いているのが特徴的だ。
 左前腕に盾のように円盤を装着している。それが彼女の固有武器なのだろうが、いまいち用途が読めない。
 そして恐らく、ミントグリーンの小動物も、新手の魔法少女も、敵ではないのだろうが……
『……ねえ浮絵さん。説明してくれない? 私の知らない人がいるんだけど』
『おうもちろん。その為にここに来たんだしな』
 浮絵 桂華は腰に手を遣って当たり前のようにうなずいた。
『あと桂華って呼べよ。最初に言ったじゃんか』
『知らないわよ。慣れてないもの』
 赤らめた頬を誤魔化すこともできず、そういうふうに言い返すことしかできなかった。
「あ、あの!? 」
 そこに、胸元で両手を握りしめたゆりが桂華に呼びかけた。
「おう? なんでい」
 桂華は快活にいつもの笑顔でゆりを見返す。
 だがそれは、知人に対する親しみが欠けた笑顔だった。
「……あの、ほんとうに、私のこと、忘れちゃったんですか……?」
「いんや。忘れる、忘れないとかじゃなくってな」
 ゆりの疑問を否定しながらも曖昧な言葉を続けた桂華は、直後に衝撃的な事実を口にした。
「あんたが会った「浮絵 桂華」は、たぶん違う世界で元気にやってるよ。心配すんな」
「『は!? 」』
 ゆりの、すずの、薫の三人の魔法少女の喫驚の声がぴったり重奏した。
 三者三様のあんぶりと口を開けた顔に囲まれて、桂華はうんうんとしたり顔でうなずいた。
「いやあ、一大告白はやっぱ気分がいいなあ!」
『言ってる場合じゃないでしょ!? 』
 すずがつかつかと歩み寄って桂華の上腕を掴んで揺さぶった。
『じゃあなに!? ここはやっぱり御鐘 薫さんが魔女になる前の、過去の世界ってこと!? 』
「はっはっは! そこまで考えたか。 でも惜しいっ!」
 大きな口を開けて笑った桂華はやんわりとすずの手を解くと、ゆったりと薫のほうに歩いていった。
「まず、これ以上ややこしくなる前に、結果から言うぞ。 まずこの真っ白な場所は、アタシのダチが用意した異空間とかで、要はとっても安全な場所だ! それと、アタシがやってる事は、魔法少女を魔女にさせない為の活動の一環だ!」
 両手を広げて周囲の一同に演説していた桂華が、くるりと回ってからびしりと薫を指さした。
「だからお前! 魔女化についてはもう心配すんな! 事が上手く行けば絶対に魔法少女は魔女になんかなんないし、そしたらあとはもうあの男と好きなだけイチャイチャできるからよ!」
「……だ、だれがイチャイチャなんか……!? 」
 見ていて可哀想になるくらい顔を赤くした薫が抗弁するも、桂華は取り合わずにからからと笑いながら背を向けてしまう。
「っはっはっは。 さて。んじゃ肝心なところは言い出しっぺの当人から語ってもらうかね」
 すたすたと二、三歩歩いた桂華は、五人目の魔法少女を振り向いた。
「頼むぜ。ほむほむ」
「だから、そのあだ名はやめてって……」
 それほど嫌がっている訳でもなさそうな控えめな苦笑を浮かべて、その魔法少女は応えた。
 だが瞬時にその微笑を引っ込め、怜悧な眼差しに変えて少女は一同を見渡した。
「私の名前は、暁美 ほむら」
 その眼光は、見た目に似合わぬ歴戦の強者の気迫を伴っていた。
「私は、私の大切な友達の祈りを、願いを完成させる為に、ここに来た」
 そして突如気配を収束させた暁美 ほむらは、一変して悲しげな、痛ましげな眼差しで桂華を、すずを、ゆりを、薫を見渡して言葉を続けた。
「私の本当の世界では、事態は既に終わりつつある。 ここは。この世界は。 過去に実際に起きた幾つもの可能性から分岐した平行世界」

「過去の、仮想領域の世界よ」


◆◆

「……もういいの。 もう、誰も恨まなくていいんだよ……」
 全ての魔女を生まれる前に消し去るという途方もない魔法を展開した魔法少女・鹿目 まどかが、まるで抱き止めようとするかのように自身の数十倍もある巨大な歯車のかたまりに向かって両手を差し伸べた。
 可憐な花を模した弓から放たれた無数の光の矢は四方八方へ、過去へ未来へと飛び散り、世界中のあらゆる時代、あらゆる場所の魔法少女のもとへ飛翔すると、光が弾けるようにして桃色のフリルを揺らした魔法少女の姿に変じ、今際のきわにある魔法少女の、黒く染まったソウルジェムに手をかざしては穢れを浄化し、未だ戦いの渦中にある者には希望の声を託していった。
 それは戦いの最中にあったある日の浮絵 桂華の前にも現れた。
「ヨミ姉ッ!? 」
 当時コンビで魔女退治をしていた魔法少女の相棒にして、プロレス好きの友達にして、桂華と同様に大学のプロレス同好会の妹分でもある、桂華のひとつ年上の「ねえちゃん」のひとり。
 それが桂華をかばって重傷を負い、最後の力を振り絞って反撃し魔女と相打ちになった瞬間だった。
「……ケイちゃん……だいじょうぶ……?」
「ヨミ姉!? なんで!? 」
 倒れ込んだヨミ姉を抱き止めて桂華は叫んだ。
「っ!? ぐっ!? っがああああああ!? 」
 ところが、ヨミ姉が突如激しく悶え苦しみ始めた。
 見れば、ヨミ姉のソウルジェムが真っ黒に染まりきってしまっている。
 びしりとひびが入り、今にも割れてしまいそうだ。
「そんな!? なんで、これ…………そうだ!」
 それを見た桂華はすぐに思い出した。
 たったいま相打ちにした魔女のグリーフシードがどこかその辺に落ちているはずだ。
 それさえあればヨミ姉は助かる。
 だが、なぜソウルジェムが染まりきったことで魔法少女が苦しむのかがその時の桂華には分からなかった。
「あああああああああ!? 」
「ヨミ姉っ!? 」
 ようやく探し当てたグリーフシードを手に振り返った時には、ヨミ姉のソウルジェムのひびの隙間から黒の霞が吹き出した所だった。
 それは、魔女の気配にひどく似ていて。
「……え? なに……」
 それの意味が、桂華には理解できない。
 なぜ魔法少女のソウルジェムの中から魔女の気配が現れるのか。
 そこに突然、どこからともなく飛来してきた薄桃色の閃光が悶え苦しむヨミ姉の上で弾けると、ひとりの魔法少女となって現れた。
「……」
 その桃色の魔法少女は、とても穏やかな微笑みでヨミ姉のソウルジェムに両手をかざすと、あっと言う間にひびがふさがれて復元し、黒の霞は消え去ってしまった。
 そして。
 ヨミ姉の顔は、非常に穏やかなものになっていた。
(ケイちゃん。 ありがとう)
 綺麗に復元されたソウルジェムが消えると、僅かに間を置いてヨミ姉の姿も消えてしまった。
 余韻の中に感謝のニュアンスを遺して。
 今の一瞬の奇妙な、でもとても優しさに満ちた現象を桂華はなんとなく直感した。
 ヨミ姉は、危うく魔女になるところを、あの桃色の魔法少女に救われたのだと。
(あなたも。 もう、だれも恨んだりしなくていいの。 だから、希望を決して諦めないで!)
「……ああ。分かってるさ。 誰だか知んないけど。さんきゅ」


「ところが、そのまどかの救済の魔法に突如エラーとでも言うべき異常が発生したの」
 暁美 ほむらは淡々と続ける。


 通常の時の流れから切り離された、まどかの「救済の魔法」を制御する精神世界の中に、ほむらはいた。
 そこにアクセスできたのは、時を操るほむらの魔法の性質が全くの無関係だったとは思えない。
(ほむらちゃん。お願い。手伝って)
「もちろんよ!まどか!」
 暁美 ほむらは、満身創痍で瓦礫に足を挟まれて身動きも取れずにまどかの魔法を見上げているのと同時に、まどかの精神世界に存在していた。
(わたしの魔法は、今も全ての魔女を生まれる前に消し続けている。 でも、この世界と歴史にひとりだけ、干渉できない魔法少女がいるの! その娘も助けないと、わたしの魔法は完成しないの!)
「誰!? 教えて!」
 過去へ飛翔する救済の矢のひとつが行き先を指し示した。
 距離は非常に近い。空間的にも、時間的にも。
 場所は、隣町である久那織市。時間は、一ヶ月前。
 対象は、綾名 みおみと、由貴 きりえ。
「なによこれ!? どういうこと!? 魔法少女はひとりなのに、ふたり!? 」
 魔法とコンピュータが同じものかは分からないが、ほむらの感覚としては、それは「魔法のエラー」としか言いようのない状態に陥っているようなものだった。
(うん、魔法と、キュゥべえの契約のテクノロジーがおかしなふうになってるみたいなの! なんとかしてあげないと!? )
「……そう。 まどかは、その娘たちもなんとかしてあげたいのね?」
(お手伝い、してくれる?ほむらちゃん)
「もちろん! ……でも」
 ほむらは逡巡した。なぜなら。
「……私の「時間遡航」は、私が退院した日を基点をしているの。それよりも過去の時間には私は跳べない。場所も分からない」
(なら、それはわたしが手伝うよ。わたしの「矢」に乗って)
「なるほど。 わかったわ」
 うなずいたほむらは、まどかの「救済の矢」の導きに乗って、一ヶ月前の久那織市へと跳んだ。
 まどかの魔法と自分の「時間操作」の魔法とを組み合わせることで、ほむらの魔法の「遡航限界」を突破し、行ったことも見たこともない場所への到達を可能とさせたのだ。
 久那織市の、山間部のふもとにある小高い丘の上に、綾名 みおみと由貴 きりえはいた。
 まるで待っていたかのように、舞い降りてくるほむらを二人は見上げていた。
『お待ちしてました』
『なんか、私らの魔法がお邪魔しちゃってるんじゃないかなって、思ってたから』
 街に降り注ぐ薄桃色の光の矢を見下ろして、みおみは朗らかに、きりえは苦笑顔でほむらに応えた。
「どうすればいいか分かる?」
 ほむらは簡潔に問うた。
『方法は、あります。 でも、さすがに、わたしたちだけでは、力が足りません』
 みおみが、茫洋とした顔で、だがはっきりと言った。
『あと三、四人くらい魔法少女の力が必要かも。誰か手伝ってくれる知り合いはいない? できれば、それぞれが知り合いなのが望ましいんだけど』
「……それは……」
 問われ、ほむらは困惑した。
 これまで関わってきた魔法少女とは協力を持ちかけても信じてもらえなかった経緯がある。
 比較的まどかに近しい存在はいるが、巴 マミ、美樹 さやか、佐倉 杏子の三人は迂闊に干渉するとまどかの運命に作用しかねない。
 この三人以外で、そんな都合の良い魔法少女がいるだろうか。
「……あ……」
 いた。
 ひとりだけ。

『なんか困ったことがあったら、アタシに言えよ! 手伝ってやる!なんだって、助けてやるから!』

 かつて友達だったあの人が。
 まどかの魔法の中で垣間見た、救済される数多の魔法少女の中に、確かに彼女の姿があった。
 幸か不幸か。だが彼女が魔法少女になっていたのは暁光だった。
(不謹慎だけど……でも、あの人の力が、どうしても必要だ!)
 逡巡するも、ほむらは虚空を降り仰いで叫んだ。
「まどか! あの人の所へ行きたい!」
(うん。 いいよ)
 すぐに薄桃色の矢が飛来して、みおみときりえを含む三人を光の球に取り込み、瞬時に辺りの光景が変わった。
 ほむらにとっては、非常に懐かしい場所に。
「あ……」
 転校前の、東京のミッション系の中学校の校門。
 そこに、浮絵 桂華がいた。
「おまえ……ほむほむ!? 」
「……お願い……助けて!? 」
 突然の旧友の出現にも動じずに、浮絵 桂華は力強くうなずいた。


「簡単に言うと、アタシらがさっきまでいたあの世界は、過去の世界なんだわ。 ああ「アタシら」ってのは、アタシとすずっちとお前とお前ね。……ってかアレだ。お前ら名前教えろ。話がしずらいわ」
「……どの口が……!? 」
 事の衝撃に困惑しながらも薫が突っ込み、結局ゆりと薫が改めて自己紹介した。
「よし。かおるんとゆーりんな」
 そして再び付けられたかつてと同じあだ名にも、薫とゆりはそろって苦笑するしかなかったが。
『……ねえ。過去って言われても、ピンと来ないわ。 私たち、こうして普通に生きて生活してるじゃない?』
「もちろん、「本物のアタシら」は「現在」の世界でまさに現在進行形で生活してるはずさ。 ただし。過去の自分であるアタシらの行動如何で未来の自分の有様が変わっちまう」
「浮絵さん。あとは私が言うから」
「「桂華」って呼んでくんなきゃヤダ」
 ほむらは、僅かに躊躇った後、口を開いた。
「……桂華、さん」
「ま、許そう」
 なぜか尊大に言って桂華はほむらに手振りで発言を促した。
 ほむらは苦笑顔を引き締め直して一同を見回した。
「私の魔法は「時間操作」。時を自在に止めることができ、そして場合によっては、全てを「なかった事」にして世界の時間を一ヶ月前に戻すことができる。……できた」
 桂華を除く三人が一様に眉唾な顔をしていたが、ほむらは構わず続けた。
「一見万能に見えるこの魔法にも、ある意味デメリットが存在していたの。行使者である私にも知覚し得なかったデメリットが」
 一旦言葉を切ったほむらは、厳かに口を開いた。
「「時は可逆、歴史は不可逆」。それがこの魔法の落とし穴だった。 ……まどかの魔法を手伝う為に、再びこうして過去に戻ってきて初めて分かったことだけど」
 ほむらは、どこか悔しそうに唇を噛んだ。

 私は、「大切な友達が死ぬ」という運命を回避させる為にキュゥべえと契約をした。
 結果、契約は履行され、私は彼女の最初の生死の運命の分岐点である一ヶ月前の世界に戻った。
 再び生きたまどかに会えたことは本当に嬉しかったけど、一ヶ月後、やぱりまどかは死んでしまった。
 運命を回避させる為に、私は何度も何度も時を遡った。何度も何度もやり直した。
 結局、何度やり直しても結果は同じ。挙げ句行き詰まりかけた。
 そう。「何度も何度も」「一ヶ月を繰り返した」の。
 結局どれもこれも似たり寄ったりな出来事の流れの歴史になったけど、でも死ぬはずの人を死なせずに済んだことも中にはあった。……それが、大局的には大差のない出来事だったとしても。
 でも、これは私の思う「時間遡航」とは全く異質のものだった。
 死ぬはずだった人を、死なないように運命を操作した。
 でもそれは、「その人が死ぬ運命の世界」とは別に「その人が死なかった場合の世界」を作るというだけの行為に他ならなかった!
 「時は可逆、歴史は不可逆」。
 私の魔法は、「過去の世界に跳ぶ」のではなく、「過去に跳ぶ度に、異なる出来事の流れを持つ別世界を生む魔法」だった!
 私が繰り返せば繰り返すほど、宇宙の中に「同じ一ヶ月間の平行世界」だけが延々と生み出されていった。
 私には気付けなかった。知覚できないとはいえ、自分の魔法なのに!
 ……結果、私が時間遡航を繰り返したせいで、積み重なった無数の平行世界のまどかの因果があの娘に堆積してしまい、まどかを最強の魔法少女にしてしまった……


◆◆

 俯いて黙り込んでしまった暁美 ほむらの前に、腕組みした桂華が歩み出てきた。
「……アタシらは「過去の世界の自分」。言わば、本物の自分の分身だ」
 言って、暁美 ほむらをかばうように背にして皆に向き直る。
「ほむほむの話の根拠としては、すずっちとゆーりんはもう体験したよな? ……そうだ。さっきまでいた所は、「御鐘 薫が今日のこの日まで魔法少女にならなかった場合」の世界だ」
 だから、薫はソウルジェムを持っていなかった。 だから今日、あの場でキュゥべえの勧誘に遭い、契約した。
「……でも、」
 ゆりが、肩を震わせて、堪えるように声を絞り出した。
「でも!? だったら!? あのまま薫ちゃんを魔法少女にしないでも済んだんじゃないですか!? なんでまた魔法少女の契約をさせたんですか!? 私の邪魔をしてまで!? 」
 振り上げたゆりの顔は、涙にまみれていた。
「分かってて……!? ぜんぶ、分かってて、あなたは……!? 」
「ああ」
 桂華は唇を引き結び、厳かにうなずいた。
「ゆーりんの言う通りだ。これは元々アタシのミスだ。このアタシの記憶にはないけど」
 己の胸を指先でとんとんと示しながら。
「同期して活動していた別の世界の「アタシ」がしくじった。本当は、ゆーりんとかおるん二人同時に白魔法少女になってもらうはずだった。 それが、うまくいかなかった。 言い訳はしない。情報が不足したまま動いた、アタシのミスだ」
「……!? 」
「それでも!」
 ゆりが激発しそうになった所を制して桂華が声を張り上げた。
「……どうしても四人、必要だったんだ。白魔法少女の力が、四人分。 だから、アタシはゆーりんの邪魔をした。 ……殴ってくれても構わねえよ。この後かなり忙しくなって殴るヒマがなくなるから」
「っ……!? 」
 声を詰まらせたゆりが、涙を流しながら小さい握り拳を振り上げて飛び出した。
 が、その矮躯は後ろから抱きついた薫によって止められてしまった。
「っ!? かおるちゃ」
「ごめん!? ごめんなさい藍緒さん!」
 薫も、ゆりに抱きついたままさめざめと泣いていた。
「わたしがいけないの!? わたしが弱虫だったばっかりに、自分からなんにもできなくて、魔法の力を手に入れたら、図に乗ってひどいことばかりして!? 」
 泣きながら、薫はゆりをきつく抱きしめる。
 まるですがりつくように。仕置きを恐れて手を押さえつけるように。愛しくてたまらないように。
「貴籐君に魔法が利かないから自棄になって!? つまらないことで藍緒さんに嫉妬して!? それでもそばにいてくれるから、離したくなくて!?  それで藍緒さんに甘えて調子に乗って……最悪だよね!? ひどいことばっかりした! だから!」
 僅かに逡巡して、薫は続けた。
「ぶつなら、わたし。 わたしのことをぶって! 違う世界で魔女になって死んじゃったのも、きっとバチが当たったのよ。 このリボンを結んで分かったの。どの世界のわたしも、遅かれ早かれ魔女になって死んでるの。だから……」
「薫ちゃん!? 」
 薫の腕の中で無理矢理身体を捩ったゆりは、薫を正面から抱き締め返した。
「別に、私は薫ちゃんのこと嫌ったりなんてしてない! 薫ちゃんが辛い思いしてるの知ってたもの! なのに私、それが分かっても、なんにもできなくて。 ……私も、ごめんなさい!」
「藍緒さん?」
「ゆり、でいいよ」
 目を合わせたゆりが、涙混じりの笑顔で言った。
「いつもみたいに、ゆりって呼んでよ。そのほうがいい。大丈夫だから」
 薫は面食らったように目を瞬いてゆりを見返した。
「え…… ……ゆり、さん」
「ダメ」
「…………」
 即、却下されて薫の顔が困惑に揺れた。
 だが、やがて観念したように。
「……ゆり」
「薫ちゃん!」
 ゆりは、改めて薫に飛びついた。

『……感動の仲直りのとこ悪いんだけど』
「おう」
 抱きついて泣いている二人を迂回してきたすずが、桂華のみに聴こえるテレパシーで囁いた。
『何ひとつ話がまとまっていないのよ。ここが過去の世界で、私たちは過去の人間で、この四人は結局それぞれ違う歴史を歩んだ別々の世界の住人で。 それで御鐘 薫だけがなんで別の世界の自分の事を知ってるの? あのリボンのおかげみたいなこと言ってたけど』
『ああ』
 桂華もすずとの個別のテレパシーで応えた。
『キュゥりえによると、「死の因果が集中したせいで起きた逆流現象だ」とかなんとか。かおるんに関しちゃ、たくさんある平行世界の中で、このかおるんが唯一生き残ったかおるんだ。他の歴史じゃ全員手の施しようのないタイミングで死んでる』
『あなたは、平行世界を飛び回って、それを回避させようとしてたってこと?』
『自ずと限度があったから、全部回ったワケじゃないけどな。ギリギリだった』
 桂華には珍しく、おどけた所のない透明な表情だった。
『ちなみに、ゆーりんが元いた歴史じゃすずっち死んでるから』
『ちょっと!? 』
 ケロリと言ってきた桂華にすずは喫驚した。
『……ああ。それでゆりさん、わたしのこと見るなり、死んだはずだって……』
『そ。逆に、すずっちが元いた歴史じゃあ、かおるんとゆーりん二人して行方不明になってた』
『三人同時にどうにかならなかったの?』
『あいにくとアタシの身体は一つだかんな。アタシ一人で三人同時に勧誘して願い叶えてってのは、さすがに無理だわ』
『……別世界のあなた、って、どういうこと?』
「んじゃ、この平行世界の後始末と、これからどうするかを説明するかね」
 言われた桂華が両手を叩き、いきなり口頭とテレパシーの両方で宣告した。ここからは全員に説明すべき話だということか。
 抱き合って泣いていた薫とゆりも、互いを放して桂華の方を向いた。
「さっきも言ったけど、全ては魔法少女が魔女化しない世界を作る為、みんなが希望を諦めないで済む世界にする為の活動だ。そうだよな?ほむほむ」
「だから……」
 うなずきながらも暁美 ほむらは諦め悪く苦笑した。
「必要な四人の白魔法少女を用意し、それぞれの歴史の世界から一カ所に集まってもらった。これから歴史は一本に纏められ、適当に都合良く歴史をいじくって最適化するらしい!」
『なによそれ』
「それにあたって、ここにいる自分以外の世界の自分は不要な歴史ごと消滅しちまうわけだけど、今ここにいる自分たちが幸せになることでどうかチャラにしてもらいたい! 分身がなくなることについては、ゆーりんは自分の魔法で体感済みだよな?」
「はい」
「かおるんも、まあアタシのミスだけど、不幸にも体験済みだ」
「……まあね」
 薫は、若干腑に落ちない表情だったが、結局苦笑してうなずいた。薫に限っては、平行世界の中の自分の、唯一の生き残りなのだ。文句の言いようがない。
「んで、すずっちなんだけど」
『別に』
 すずは、あっけらかんとうなずいた。
『別世界のもう一人の自分、て言われても、ピンと来ないもの』
「よおし。それじゃ」
「あの!」
 唐突にゆりが話を遮った。
「浮絵さんは」
「「う」!? 」
 唇を突き出して目を剥いたすっごい形相で聞き返され、ゆりは渋々言い直した。
「……桂華さんは、大丈夫なんですか?もう一人の御自分は。 桂華さんは、自由に行き来できるんですよね? っていうか、この世界に元々いた「桂華さん」は、どうなってるんです?」
「ほほう。ゆーりん鋭いな」
 痛そうな苦笑を浮かべ、桂華は頬を掻いた。
「まあ気にすんな。 一応質量保存の法則は適用されてるみたいだから、このアタシがこの世界に来た途端、「この世界に元々いたアタシ」はごく自然に別の世界に押し出されるらしい。難しい話は知らん。 って言うか、アタシはこのアタシ一人でいい。以上」
 ぱん、と手を叩いて話を締め括った桂華は、くるりと暁美 ほむらを振り向いた。
「そんじゃほむほむ! ぼちぼち白魔法少女の使命を始めさせてもらおうか!」
「ええ。いいけど」
 ほむらは苦笑しながら小首を傾げ。
「でも、そのあだ名はやめ」
「断るっ!」
 満開の笑顔がきっぱりと固辞した。
 にっかりと健康的な歯を光らせて笑う桂華の胸から、腹から、突如ねじくれた巨大な四本の指が突き破るようにして飛び出した。
 背後から貫かれたのだろう。脇から回り込んできた親指を含めた巨大な手が桂華の半身をがっちり握り締めると瞬く間に後方へ引っ張り込まれるようにして消滅した。
 口から血を噴いた笑顔の形が変わる間もなかった。
『桂華ッ!? 』
「桂華さん!? 」
 悲痛な絶叫が飛ぶ。
 だが唯一戦闘経験が豊富な故に冷静だったほむらが何か行動を起こすよりも早く、この白色の空間が粉々に砕け散り、足場を失った四人の魔法少女たちはめいめい為す術なく深淵の奈落へと落下していった。




◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

「おかげで、アタシはまた誰かを守ることができた」
「ありがとな、みんな。 アタシはちゃんと戦えた」

第11話 自分の為の戦いを

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

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