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ルィスフガーデン

鏡よ鏡。もう少し手加減しておくれ。自分の美しさで目が眩んでまともに鏡も見られない。

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track.47 ファイズの世界

魔化魍と遭遇した丘陵地帯の拓けた場所でひとり、透は指先につまんだ一枚のカードを眺め立ち尽くしていた。
夕暮れに陰るそのカードには、色を失い像がぼやけていたが、ファイズの姿の残滓が見て取れた。
もはやこのカードは効果を発揮しない。
「……ふむ。」
その使えないカードを眺め、透は思案に暮れて ずっと立ち尽くしている。


『力への依存も精神の惰弱。成すべき使命への依存もまた惰弱。』
まるで地面にこぼれた影が立ち上がったかのような漆黒の異形が、冷たい声を吐き出した。
円にそれを三分割するラインと三角形をあしらったマスクを持つ白と黒のモノトーンの装甲服が、土手の道に仰向けに倒れる巧を見下ろして奇妙な形状の銃を差し向ける。
その動作はハンカチを差し出すよりも軽やかで、なによりも意図や感情の見えない動作だった。
殺意も害意も見せず、ただ作業のように凶器を構えている。
『誰かを守るという使命にしがみついていなければ、まともに立つことすらできないか。それもまた唾棄すべき弱さだ。』
聞こえていないのか、巧は全くの無反応。
だが構わずに声は続ける。
『私の敵は、そういう「惰弱」だ。浅ましい依存は何もかもをたやすく壊してしまう。 ……友田 由里が立ち去っていったように。』
由里の名が出ても、自失し呆けた巧の表情に変化は現れなかった。
『君がただの人間だったなら なんらかの矯正手段があったのかもしれない。だが生憎と君はオルフェノクで、ファイズギアを持っている。いつ他の人間への脅威となるか分からない。だからここで殺そうと思う。』
言いながらベルトのバックル表面から引き抜いたミッションメモリを、その銃身の上面に滑らせ差し向けた銃口を微動だにさせずに装填した。
同時に銃口がせり出し全長を伸ばしてその機構を露出させる。
『さよならだ。尾上 巧』
『待たんかいコラァアア!』
《バトルモード。》
その時突如、怒声と共に巨大な質量が襲いかかった。

『そいつはわしの獲物じゃこらああああ!』
一瞬前までデルタがいた所に逆関節の鉄骨の脚が突き刺さり、機構が複雑に絡まり合った金属フレームが精密かつ迅速に動き回ってその巨体の向きを反転させる。
上部にカイザが跨った、さながら黒の機械鳥『サイドバッシャー・バトルモード』がその巨体に見合わぬ迅速な挙動でデルタに迫り、蹴りを、車輪のついた拳を振り下ろすが、デルタはそれらを後退しながらかわしてゆく。
『ええいちょこまかとしおって!』
サイドバッシャーの足が地面を突く度に激しい振動と轟音が噴き上がった。
この巨体と重量からは思いも寄らない敏速な戦闘機動を披露するサイドバッシャーに対し、攻撃の間断を突いてデルタがミッションメモリを引き抜いたブラスターモードで運転席を狙撃してくるが、嵐のように振り回される金属フレームの暴虐に阻まれカイザまでは届かない。
『うりゃああ!』
カイザも業を煮やしてサイドバッシャーで蹴りを繰り出すが、デルタはその蹴り足に飛び乗るとサイドバッシャーの上半身まで跳躍してきた。
『フトコロに入りゃ勝ちってか!? 』
粗野な言動とは裏腹に即座に状況に反応したカイザはサイドバッシャーの上半身を腰部を軸に回転させ宙にいるデルタ目掛けてアームによる裏拳を見舞った。
だが巨体を一回転してきた後輪のアームが激突する瞬間、デルタは身を翻してサイドバッシャーの腕に絡みつくと鉄棒運動の要領で一回転して腕の上に立ちそのまま運転席のカイザへと肉迫してきた。
『わしを乗ってるだけの飾りとでも思ったか!』
デルタムーバー・ブラスターモードを握る腕とカイザブレイガンを握る腕が交差し両者は動きを止めた。
だがどちらも眼前に突きつけられた銃口など見てはいない。
そしてどちらも追いつめた・追いつめられたなどと考えてはいない。
まだ状況の途中。
だが「勝負はこれから」と考えていたのはカイザだけだったようだ。
突如そこに襲いかかった激しい衝撃にサイドバッシャーが横倒しにされカイザが地面に投げ出された。
『うおおお!? 』
ごろごろと地面を転がるカイザが立ち上がった時には既にデルタは姿を消しており、遠くをまるで前後に車輪をつけたミサイルのようなビークル、ジェットスライガーが走り去るのが見えたのみだった。
さながら鉄の花束のような過剰に生えたバーニアから火を噴く後ろ姿が土手を駆け降り川へ進入すると、そのまま水上を走り去ってゆく。
『……ふん。』
《ビークルモード。》
悪態を吐き、やがてバランスを取り戻して立ち上がったサイドバッシャーに指令を送ってビークルモードに変形させ、携帯電話を引き抜いてカイザは変身を解除した。
あとに現れた相模原は、後ろを振り向きそちらへと歩いてゆく。
そこには、倒れた巧を介抱する瞳子がいた。
魔化魍と遭遇したあの場所から瞳子を送るためサイドカーに乗せてきたのだが、その途中で巧の窮地に出くわしたのだった。
「ちょっと!? 巧!? しっかりして! 巧!? 」
瞳子の必死の呼びかけにも反応を示さない。開いている目は虚ろで、間近にある瞳子の顔も認識できていない様子だった。
「……ふん。ちょぉどけ、神楽見」
「ちょっと!? なにするの!?」
瞳子を押し退けた相模原は、喚く瞳子に構わず巧の胸ぐらを掴み、目の高さまで片腕一本で持ち上げた。
巧はまるでぶら下げた雑巾のように脱力しきったままだったが。
「ええか。男の目ェの覚まし方、教えたるわ。」
言うなり相模原は巧を殴り飛ばした。
「ちょっ……!? 」
吹き飛ばされた巧の身体は糸の切れた人形のように土手の草の上をごろごろと転がり落ちてゆく。
「あ、あんた、ナニすんのよ!? 」
「さあどうした尾上 巧ぃ! さっき校門でほざいてたお前の覚悟はそんなちゃちいモンか!? ほれ!悔しかったここまで来て殴り返してみんかい!」
瞳子の抗議を無視して相模原は土手の下で倒れ伏す巧に向かって囃し立てる。
だがやはり倒れ伏す巧から反応はなかった。
「ああもう!? あんたんトコの連中とは違うんだから、そんな古っちい熱血が何もかも通じるワケないでしょお!? 巧! 巧ー!」
慌てて土手を駆け降りて巧の横についた瞳子は、巧の身体を転がして仰向けに寝かせた。
その目は虚ろに開いていたが、方頬を真っ赤に腫れ上がらせても無反応のままだった。
「ちょっと!どうしたの!? 何があったの!? 由里ちゃんはどうしたの!? 」
身体を揺さぶって瞳子は問いを繰り返す。
「……由里ちゃんが……もう……守ってくれなくて、いい……って……」
「え……?」
やがて、巧はぼそぼそと唇を動かし始めた。
「……せっかく、ちゃんと戦えると思ったのに、由里ちゃん、もう、守らなくて、いいって……」
ぽつり、ぽつりと語るにつれ、巧の目の端に水気が滲み、涙があふれてきた。
「……僕は……これから、どうしたら……」
声を震わせた巧の、閉じたまぶたの端から涙が一筋こぼれ落ちた。
そこに、立ったまま草の斜面を滑り降りてきた相模原がすたすたと歩み寄ってきた。
「ふん。言いたいことはそんだけか、尾上 巧」
ポケットに両手を突っ込んだまま、まるでチンピラのように肩を揺すって巧を覗き込む。
「|手前《てめえ》のしたい事くらい、手前で決めんかい。誰かに四の五の言われたくらいで諦める理由になるか、阿呆。例えそれが本人でもじゃ」
つまらなそうに吐き捨てる相模原。
目を閉じた巧に聞こえているかどうか分からない。
「実際問題、オルフェノクに襲われたらあの女に対抗できる力はあるんか? わしゃあ塾のみんなを守らなきゃならんから、あの女のことまで手ぇ回らんぞ。 ……お前は、あの女を守りたいんとちゃうんか」
「……」
返事はない。
だが、違うわけがないことぐらい、瞳子も相模原も分かっている。
「守りたきゃ守れ。たとえ迷惑がられようが、死なれるよりも遙かにマシじゃろうが」
「そうだよ巧! こうしてる間に、由里ちゃんがオルフェノクと遭ったりしたらどうすんの!? 」
「……でも、」
目は閉じられたままだったが、ようやく巧が口を開いた。
「僕が守ると、由里ちゃんが苦しむんだ。 そんなの、僕のエゴで、由里ちゃんに押しつける権利なんて……」
「うりゃ。」
「っぶげっ!? ぶげほっ!?」
突然、巧がむせ返った。
台詞の途中で相模原がいきなり寝ている巧の顔に土を蹴りかけたのだ。
「もうええ。お前、そこで寝てろ。」
「ちょ、ちょっと!? 」
構わず相模原は土手を登り始める。
「そうやって屁理屈こねてる間に大事なモンみんななくして後で泣けばええじゃろ。それがお望みのようじゃからな。」
途中で肩越しにちらりと瞳子を見遣り。
「お前もとっととそいつを見限ったほうが互いの為じゃ。 男は甘やかしたら腐るからのう」
そう言って、相模原はバイクにまたがってヘルメットをかぶると、さっさとそこから走り去っていってしまった。
「……。」
相模原のバイクの音が遠ざかるにつれ、その独特の音が街の騒音にまぎれてやがて聞こえなくなった。
その間、身を起こして必死に土を吐き出している巧を眺めて瞳子はある事を考えていた。
「ねえ巧。」
「……なに?」
呼びかけに、巧は口元を拭って応えた。
「さっきあいつらが来た時、校門に来てた時は由里ちゃんと一緒にいたよね。 それがなんでいきなりそんな急展開になってるワケ?」
「それは……」
巧が言い淀んでいるうちに瞳子は次の疑問をぶつけた。
「あと今さっき巧の横にいたやつ。あれもファイズとかと同じヤツだよね。 もしかしてあれが「デルギター」ってやつ?」
「「デルタギア」、だと思うけど……」
巧は、細かい間違いは逃さなかった。
「……でも、正直、僕も突然由里ちゃんに ああ言われてよく分かんないんだ。なんでこうなったのか……」
「うーん」
言われ、瞳子は腕を組んで考え込んだ。
「……とにかくさ。由里ちゃんに あたしからも聞いてみる。で、巧もその間、近くに隠れててよ。」
「え? ……でも」
またも逡巡する巧の背中に瞳子は遠慮なく張り手を喰らわせた。
「っ!?」
「ゴチャゴチャ言わない! 由里ちゃんがハナシしにくいかもしんないから巧には隠れててもらうとして、本当に危なくなったら巧がいてくんないと大変でしょ!? ただでさえ今、オルフェノクとファンガイアの他にも厄介なのがいるんだから!」
「は?」
「いーから早くッ!」
とうとうしびれを切らして吼えた瞳子に尻を蹴飛ばされ、巧はようやく立ち上がった。

きい。きい。
金属同士のこすれる小さな音が、膝の動作につれて控えめに鳴り響く。
由里は一人、ブランコに腰掛けて物思いに耽りながら椅子を繋ぐチェーンを揺らしていた。
ここは商店街の裏手に広がる公園。
夕方の買い物の喧噪からは建物ひとつ分隔てられているが、買い物中の母親を待っているのか子供たちが大勢遊んでいた。
駆け回る子供たちを見るともなしに眺めながら、由里は巧と別れてから同じことをずっと考えていた。
「お姉ちゃん。」
そこに、小さい男児が話しかけてきた。
「ん? なあに?」
「ブランコかして。ずっとすわってたから、もういいでしょ?」
この年頃特有の物怖じしない物言いに、ふと微笑ましさを感じて由里は表情を緩めた。
「うん。いいよ。 はいどうぞ」
「ありがとう!」
立ち上がった由里がそこを離れるよりも早く、由里の後ろに潜り込むようにしてブランコに駆け込んだ男児は、喜色満面で椅子に腰掛け身体を揺らし始めた。
男児が待ちかねていた様子が見受けられ、由里はまた頬を緩めた。
が、すぐにその表情は曇ってしまう。
離れた所にあるベンチに腰を下ろし、また思索に沈み込む。
「由里ちゃん!」
そこに、瞳子が駆け込んできた。
「良かった!無事だった」
「……瞳子ちゃん?」
どれほどの距離を走ってきたのか、息を切らせながら瞳子は無遠慮に由里の隣に座り込んだ。
「どうしたの?そんなに慌てて。」
「そりゃこっちの台詞だっつーの」
取り出したハンカチで頬と額の汗を拭い、ぱたぱたを顔を扇いで瞳子は言った。
「昼に理事長先生からファンガイアのこと聞いたばっかだってのにさ、肝心の巧と一緒にいないなんて危ないじゃん? 巧のバカなにかやらかしたの?」
「……ううん。」
再び由里は前を向き、うつむいてしまう。
「巧はなにも悪くない。」
「は? じゃあ」
「悪いのは私。なにもしなかった私のほう。」
「え……?」
思いがけない返答に、瞳子は面食らって言葉を失った。
「なにそれ。どういうこと?」
思わず返した問いに、由里は逡巡し、しばらく躊躇っていた様子だったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……放課後、校門のところに行く前に、生徒会長のとこに行ってたの。 ……ほら。初めて巧の正体がばれた時、巧のことかばってくれたでしょ? それで、巧が会長と話がしたいって言って」
それは瞳子には初耳だった。
生徒会長なのに大胆なことをする人だなあとあの当時は思ってはいたが。
だがそれで巧は会長に何をアテにしたのだろうか。
「その時ね、会長のした話がとても重くって、巧に対しての話だと思うんだけど、隣にいる私にも言ってるみたいに聞こえたの。」
「はあ?あのむっつり、ナニ吹き込んだの!? 」
「……」
瞳子の生徒会長に対する辛辣な偏見に反応もせず、由里はまた迷うようにしばし口を噤み。
「……オルフェノクに抵抗できない弱い人間は、自分から戦う事を放棄した浅ましい人間だ、って。」
「は?」
由里が会長の発言内容をかいつまんで話したことは理解しているが、それにしても瞳子にとって突拍子もない意見だった。
「巧が守るって言ってくれるから、って私も「巧がそうしたいなら」って受け入れていたけど、でもその話を聞いて私、私も無意識に「自分は戦わなくていい」だなんて思っていたんじゃないかって思ったら、……もう、申し訳なくて、巧の隣になんて……いられないって思って……」
どこに向かう感情なのか、途中から涙が混じり、声を震わせ言葉を詰まらせてしまう。
しばし隣の嗚咽を聞きながら、瞳子はまた頭脳に不慣れな労働を行使させていた。
「……えーと。 それって、なにか不都合があるワケ?」
両の人差し指を左右のこめかみに突き立て、瞳子は必死に言葉を組み立てた。
「あたし、空手やってるからたまに思うんだけど、「世界最強」とか「強さ」ってなんなのかなって時々考えるの。」
由里は、不思議そうな顔で瞳子の話を聞いている。
いや待て。あたしもナニが言いたいんだか不思議なんだから。
「上段の人も、ちょっとした偶然で格下に負けちゃうことだってあるし、そもそもどんなに鍛えたって寝込みを襲えばだいたいどうしようもないし、車と喧嘩しても勝てないし、固くて尖ったものにはだいたい弱いし、海に沈められたら溺れて死ぬし」
由里の目線が怪訝に染まってゆく。
そりゃそうでしょうよ。あたしもナニがなんだかさっぱりだ。
「つ、つまり、由里ちゃんが気兼ねなく巧の横にいられるようになるには、世界最強にならなくちゃいけないってことだよね? でもそれって、なんか破綻してない?」
……ぷっ。
由里が突然おかしそうに吹き出した。
「ええっ!? 嘘!? ここ笑うトコ!? 」
「……っふふ。ゴメン、でもなんかやっぱりおかしい」
あははと笑いの止まらない様子の由里に、瞳子としても苦笑いで応えるのみだ。
しばらく笑い転げていた由里は、ようやく息を治めて向き直った。
「……うん。ありがとう。なんか、悩んでるのがばかばかしくなっちゃった。」
「そりゃどーも。 じゃあ、巧に連絡してあげてくれる?あいつ、なんか捨てられた子犬みたいになってて見てらんないったら」
「ええっ!? 」
由里の喫驚の理由が分からずきょとんとする瞳子としばし見つめ合ってしまう。
「……えーと。そこで、なんで「ええー」かな」
「……なんで、巧が、そんなんなってるの……?」
「あー……」
目だけ彼方へ逸らし、頭を掻いて思案する。
「……嫌われた~とか思ったんじゃない?」
「あ、わ、わたし、そんな……」
「きゃああああ!? 」
由里の狼狽を打ち破り、幼い悲鳴が聞こえた瞬間ふたりは立ち上がった。
見れば、公園中央にある小型の噴水の水の中から数体の人型の異形が立ち上がったのだ。
近くにいた子供らが泡を食って駆け出してゆく。
「やああっ!? なにあれ!? 」
「魔化魍、「河童」!? あんなのまで!? 」
瞳子は「音撃戦士見習いの自分」の記憶からその異形の正体を看破し駆け出した。
「由里ちゃんは逃げて! 巧! 巧ー!」
叫びながら瞳子は、片っ端から子供たちを魔化魍から離れる方向へと押し遣ってゆく。同時に、近くに控えているはずの巧に出撃を促した。
「うわあああん!? 」
「ほら!逃げて!」
噴水の近くにいた子供ににじり寄った河童に飛び蹴りをかまして押し除け、子供の背を叩いて逃走を促すが、その子供は腰を抜かしたのか瞳子に押されたことでよろめき倒れてしまった。
「ああっ!? 」
いくら空手を修得していても、生身の人間の業では魔化魍に対抗しきれない。
河童に二度、三度と殴られあえなく吹き飛ばされてしまう。
魔化魍は餌として人間の肉を好む。そしてより柔らかい女・子供の肉を、とりわけ子供の肉を好むものが多い。瞳子を振り払った河童は、己の餌と定めたかそこで座り込んで泣いている幼児に向かって近寄ってゆく。
「こっらあ!やめなさいよあんた!」
痛みに動かぬ身体を叱咤して、起きあがるのが困難な中 瞳子は諦めずせめて罵倒を飛ばす。
そんなことで動きを止める魔化魍ではないと知りながらも。
そこに、人影が宙返りを打って飛び込んだ。
河童の前に立ちはだかったのは、灰色の人型の異形、体中から鋭利な突起を幾重にも生やし獰猛な狼のような生態相を持ったオルフェノクだった。
「巧!」
「……巧!? 」
瞳子と、まさか近くにいたとは知らなかった由里の声が重なった。
左右の拳の乱打が河童を押し遣り、続く肘打ち、踵が河童を吹き飛ばした。
ウルフオルフェノクの体中に生えている突起は全て、ナイフよりも鋭い凶器だ。ウルフオルフェノクの攻撃はどこが当たっても深いダメージをもたらす。
……相手が魔化魍でなかったら今の連撃で打ち倒されただろうに。
その間に瞳子が子供を引っ張り起こして立たせ、尻を叩いて走らせた。
『神楽見さん!こいつらがその、オルフェノクでもファンガイアでもない奴ら!? 』
「そう! だけど魔化魍はファイズの武器じゃ倒せない!とにかく子供らが逃げるまで時間を稼いで! ……由里ちゃん!」
早口でまくし立てながら瞳子は携帯電話を素早く操作してそのまま由里に向かって放り投げた。
「その出てる番号に電話して! 出たヤツに「まかもーがでたー」って叫んでここの住所を教えて!」
「えっ!? ええっ!?」
泡を食いながらも由里は飛んできた携帯電話を慌てて受け取った。
「巧っ! とにかくあの河童どもを片っ端からぼてくりこかして! 時間を稼ぐの!」
『分かった! ……で、誰を呼んだの?透さん?』
「……あ。忘れてた。」
『は!? 』
言いながら、瞳子とウルフオルフェノクはそれぞれ噴水から這い出してあちこちへと歩き出した河童に追いすがり、蹴り倒してゆく。
それはまるでタチの悪いモグラ叩きだ。
噴水を中心にあちこちへと歩いてゆく河童を駆け回っては蹴倒さねばならない。
魔化魍は通常の打撃でもある程度までダメージを与えられるが、完全に滅ぼすにはやはり『音撃』が不可欠だ。蹴倒した河童もしばらくすると起きあがってしまう。
だが、ないものねだりをしていても仕方のないこと。瞳子とウルフオルフェノクは起き上がる端から河童どもを蹴り倒して回った。
だが、倒れては起き上がる河童の配置はじわじわと公園の外周へと広がってゆく。このまま河童が散開を続け各個体の距離が開けばそれだけ回復までの時間を与えてしまい、いずれ取り逃がしてしまう。
そしてオルフェノクたる巧はともかく、ただの人間に過ぎない瞳子の持久力は既に尽きかけていた。
「……はあっ。はあっ。 ……ああっ!? 」
『神楽見さん!? 』
河童の間を駆け回っていた瞳子がとうとう息を切らせて倒れ込んでしまった。
『ーーーッ!』
それを好機と見る知恵まであったのかどうかは分からない。
だがそれとほぼ同時に別方面を歩いていた河童がウルフオルフェノク目掛けて何かを口から吐きつけた。
『わっ!? 』
足首に重い衝撃を感じてたたらを踏む巧。
バランスを崩した体勢を支えようと、出そうとした片足が動かないのに気付いた時にはウルフオルフェノクはそのまま転倒してしまった。
『な、なに?』
見れば、ウルフオルフェノクの両足首に透明な粘液がへばり付き、見る見る内に凝固して地面に固着させてしまった。
妨害工作をしていた二人が動けなくなったことで、河童らはぞくぞくと公園から出ていこうとする。
『くっ!? このっ』
足を引っ張るが、どうにもこの不思議な粘液は取れそうにない。
「やああああ!? 」
「きゃああ!? 」
公園の外から、河童の異様を目撃した人々の悲鳴があがる。
最悪なことに、とうとう一匹の河童が逃げ遅れた子供に襲いかかろうとしていた。
「……ちょっ、巧、あれ……」
『分かってる!けど!? 』
巧は必死にもがくが、足の拘束は外れない。
そこに、由里が公園を駆け抜けていった。
「……え?」
『由里ちゃん!? だめだ!』
由里が向かう先は、今しも河童に捕まえられそうになっている子供。
瞳子にも巧にも知る由のないことだが、それは由里が先刻ブランコを譲った男児だった。
「……!」
由里は、走ってきた勢いのまま河童に体当たりし、どうにか魔化魍を子供から引き離した。
「立って!逃げて!」
泣きじゃくる子供の手を取り引っ張るが、狂乱した子供はいやいやと頭を振り立ち上がろうとしない。
「お願い!? 立って!? 」
「由里ちゃん!」
『くっそお!』
その様子を見、瞳子も巧も絶叫するしかない。河童は、あっけなく体勢を立て直し由里の背後に迫っている。
そこへ、重い音を立てて何者かが駆け寄り、由里に迫る河童を彼方へと殴り飛ばした。
「……え?」
恐る恐る由里が見上げたそこにいたものは、人型に組み上げられた機械。 まさしくロボットが立っていた。
「……なにあれ。」
『僕のバイクだ!』
瞳子の怪訝声に巧が答える。
その人型の機械、ファイズギアの拡張装置オートバジンは、左腕に装着した前輪を盾のようにかざしてウルフオルフェノクに向けるとそれを高速回転させ、あろうことかその前輪の側面の孔から無数の弾丸を発射してきた。
「うわわわわわわわわ!? 」
キュド、チュン、チュインと巧の周囲で弾丸が跳ね回り、やがて巧の足首を拘束する粘液を粉々に打ち砕いた。
やがて弾丸の雨がやみ、頭を抱えて伏せていた瞳子とウルフオルフェノクは恐る恐る辺りを見上げた。
「……な、なんなのあいつ!? 」
『いや、悪いやつじゃないんだけど、いまいち気が利かないっていうか……』
解放された足を打ち払い立ち上がった巧は、子供を抱えてうずくまる由里の元へと駆け寄った。
『由里ちゃん。ケガはない?』
「……うん。」
子供を逃がし、立ち上がった由里も巧に向き直った。
『あの子は助かったけど、無茶し過ぎだよ』
「……でも……」
由里は、わずかに言い淀んでから、やがてはっきりと告げた。
「でも、ああいうのに敵わないからって、抵抗すること何もかもを諦めるのはおかしいって思ったし、巧みたいに力がなくっても、できることを、したかったの。」
『……もしかして、それ、生徒会長の話……』
「……うん。」
おずおずと、影の中のヴィジョンから問いかけた巧の言葉に、由里はうなずいた。
『でも、危ないよ。由里ちゃんだって、死んじゃうかもしれないんだよ!? 』
「それは!巧だって同じでしょ!? 」
突然の絶叫にウルフオルフェノクの巨体がたじろいだ。
「噂でしか知らないけど、不可解な事件が起きる度にオルフェノクをやっつけていたのだって巧でしょ!? いくらファイズでも、絶対負けないとも限らないじゃない! それなのに、私、何も知らなくって。 それで、もし巧が私の知らないところで負けちゃったりしたら、私、何も知らないまま巧を失ったら、私……!? 」
叫ぶ中、涙を浮かべた由里はやがて言葉を詰まらせて口元を押さえ、嗚咽を漏らし出す。
『……由里ちゃん……』
「……お願い巧。私にも手伝わせて。 私、巧の重荷になりたくないの。」
『……え……?』
由里の、思いも寄らない唐突な願いに巧は狼狽えた。
『いや、それは……』
「それに、巧の様子がおかしくなったのって、士さんがラッキークローバーをやっつけたあの日からだったし。 みんなが何か色々言い出したから、巧の中で自分の目的が分からなくなっちゃったんでしょ?違う?」
『……あ……』
由里の指摘には、心当たりがあった。
もともと由里を守るのが目的なのには違いはないが、正体がばれたあの日から、その目的は強迫観念となって巧の精神を蝕んだ。
他人の言うことを聞くまいと頑なになり、由里ひとりに依存することで自己を守ろうとしていたのだ。
そして草壁の話を聞くことで自縄自縛に陥り、由里を戸惑わせ、あげく廃人になりかけた。
「だから私、巧の負担を減らしたくって、でも、今のままじゃ巧に申し訳なくって、巧が傷付くのも分からないで、あんなこと言っちゃって、ゴメン。 でも、これからは私もできることを手伝うから!巧ひとりで背負い込まないで」
『それは違う!』
由里の言葉を、今度は巧が遮った。
『ようやく思い出したんだ! 僕は由里ちゃんを、由里ちゃんの写す世界を守りたい。ただそれだけだったんだ。 他人にどうこう言われても自分の都合を貫き通す強さが僕になかったから翻弄されちゃってただけで。 それに、草壁先輩の考えは、部分的にうなずける所もあったけど、おかしい点もあるよ。鵜呑みにしちゃいけないと思う。危ないオルフェノクに敵わないと思ったら、逃げなきゃ。じゃないと、由里ちゃんの夢が果たせなくなるでしょ? 逃げるのは悪いことでもなんでもない。自分の夢を叶える為に必要な行動だよ!』
一気にまくし立てるウルフオルフェノクの顔を、由里は呆然と見上げる。
『オルフェノクになった人たちも、人を越えた力を持ったら、それを使うか使わないかのニ択に捕らわれる。おかしいよね。必要なのは、自分は自分だ ってちゃんと自分を持つことだと思う。僕もファイズギアを持って、同じ思いに捕らわれていたのかもしれない。そして思い上がったら化け物になってしまう。それだけは避けなくちゃいけない。 だから、僕はファイズギアがなくても、もしオルフェノクの力をなくしても同じように由里ちゃんを守る。そういうふうに心掛ける。そしてファイズギアを使っていても、絶対に自分が強くなっただなんて思い上がらない。誰かを救う、だなんて考えは驕りだと思うから。 僕はただ、由里ちゃんの夢を守りたいんだ。そうしていつか、由里ちゃんが夢を叶えてくれるのが僕の夢だ。』
「……たくみ……」
由里も瞳子も、これほどに何かを熱く語る巧を見るのは初めてだった。
見かけは灰色の獰猛そうな異形の姿なのに、語る仕草は非常に人間臭く、まさしく巧は巧なのだと思わせる。
『だから由里ちゃん。僕を手伝うだなんて言わないで。「由里ちゃんを手伝う僕を由里ちゃんが手伝う」ってなんだかワケ分かんないし。 それにあくまで僕の夢なんだから、重荷だなんてことは在り得ないよ。もう、僕は大丈夫だから。』
「……うん……」
由里は口元を押さえ、しきりにうなずいて見せた。
目元に涙を溜めて。
「……うん、うん……」
向かい合う二人の様子を眺め、瞳子もようやく安堵の溜め息をついた。
瞳子はこの二人のストーカーなのだ。その二人が平穏でいてくれないと瞳子としても気が気ではないのだ。

そこへ、瞳子の後ろから何かがけたたましい音を立てて転がり込んできた。
慌てて振り向いたそこに見たものは、散々蹴られたのか足跡だらけで昏倒している一体の河童と、公園の入り口に立つ学ラン集団の姿。
別の公園入り口にも、同様に何体もの河童を簀巻きにして担ぎ上げている流星塾の塾生たちが集まっていた。
『おうおう兄ちゃん。ええスケ連れとるやないけワレ。』
さらに別方面からかけられた声を振り向けば、公園の端に建てられていた石碑の上に、黒地のスーツにイエローのラインを描かれた装甲服・カイザが片足を一段高い所に載せたガラの悪いポーズで立ってこちらを見下ろしていた。
『オマエラがイチャイチャしとる間に妖怪どもはだいたい締め上げたぞ。』
『べ、べつにいちゃいちゃしてなんか……!? 』
ウルフオルフェノクが狼狽えてそれに言い返す。
「おーおー可愛いねえ♪」
「……お願い瞳子ちゃんやめて……」
その様子を見てニヤニヤしている瞳子を由里が気まずげに窘めた。瞳子にはまるで聞こえた様子がなかったが。
『さあて。どっかの青春ド真ん中な破廉恥野郎は放っといて、わしらはこの妖怪どもを究極奥義でしばいておこうかのう』
『だから違うって……』
公園の中に集めてきた簀巻きの河童を並べて転がし、首をひねって拳を鳴らしながらカイザがその数体の河童の前までやって来た。
「どうやら、ファイズは復調したようだな。」
「うおわ!? 透!? 」
そこに突然、この場にいる全ての人間の死角から透が現れた。
「って、あんたどこほっつき歩いていたのよ!? 」
「一歩も歩いてはいない。ファイズとの接続が断絶したので、魔化魍・バケガニが出現した丘陵地でフリーズしていた。」
「またかいっ!? 」
容赦ない裏張り手が透の胸板を叩いた。
「だが、原因は不明だがファイズのライドカードの接続が復帰した。これで調査を続行できる。」
やはり透はツッコミを無視してしゃべり続ける。
「……この数時間のあたしらの苦労を原因不明とか言って流すな。」
「問題ない。それより。」
怒りで白眼比率を上昇させた瞳子をさらに無視して、透はこの公園の一角を指さした。
「お誂え向きに、異世界の脅威が現れたようだ。」
「へ?」
示された方を見遣れば、今まさに銀の|帳《とばり》が数体の人影を残して掻き消える所であった。
現れたのは、凶々しい気配を発散してこちらを睨みつける背の高い痩身の男と、背後に並ぶ数体のファンガイア。
男の、丸眼鏡の下の瞳が不自然に青白く輝きを放っていることで そいつももはや常人でないと知れる。
「あれ?あいつ……」
瞳子はその男に見覚えがあった。
それは「ヴァイオリニストの瞳子」の記憶で見た姿。 斬鬼と威吹鬼をキング・渡らと引き合わせた際に居城キャッスルドランの牢獄で見せられた魔化魍の育ての親、捕らわれの「童子」に酷似していたのだ。
「瞳子。あれは魔化魍ではないぞ。」
「へ?」
透が、読みとった思考を指摘してきた。
「覚えていないか。渡は、ファンガイアのナンバー3「ビショップ」と「童子」が瓜二つだと言っていた。」
「じゃあ!? あれ……」
『ほう。あれが「悪魔の影法師」なんだな?』
こちらを睨め付けていた丸眼鏡の男は、やおら屈み込むと足元から崩折れていた何者かの胸倉を掴み上げてその者に囁いた。
「……」
喉元を締め上げられ苦悶に身を捩らせたのは、満身創痍となった|震《フルル》であった。
安全ピンを大量に刺した白衣も赤のビジネススーツもボロボロに煤けており、傷だらけの震は朦朧とし問いかけにも満足に反応できない有様であった。
『ふん。間違いないようだな。』
返答がないにも関わらず確信を得た様子の丸眼鏡の男は、無造作に震を投げ捨てると屈めていた姿勢を垂直に戻した。
『「悪魔の影法師」。「ワールドスライダー」。いかに名乗ろうともどうでも良い。 この世界は我らファンガイアの領地となる。ありがたく思え』
その痩身の男は厳かにそう告げるとゆったりと片手を振り上げた。
それと同時に突如地面が鳴動し、公園の敷地の半分ほどを抉り、遊具を吹き飛ばして地中から巨大な「何か」が浮上してきた。
「うわあああああ!? 」
「おわー!? ななんじゃありゃあああ!? 」
慌てて逃げ惑う流星塾生たち。
回りの混乱などまるで無視し微塵の動揺も見せずに立っている透の横で、その巨大な影を見上げた瞳子はそれを「でっかいシャンデリアみたいだ」と思った。
ただし、シャンデリアは支えもなしに浮遊したり無数の触手を蠢かせたりはしないものだが。

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